×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

Bourbon



音もなく静かに倒れる一人の巨漢。仲間の一人がその様子に気が付いたが、腰にある拳銃に手を伸ばす間もなく頭に一発食らう。それらに続いて次々と背広を着た男達が床に崩れていく。カークは固く閉じていた目を見開いた。垂れ下がった前髪の影から、心焦がれたその姿を探した。目に見えぬ銃弾の数々に、彼女の雰囲気や香り、声や笑顔、そして温かな魂を確かに感じた。彼女の衰える事を知らぬ完璧さの中には彼女なりの癖があった。それをカークは思い出した。数年前の事が昨日の事のように思える。その憂悶とも言える懐かしさに、カークの胸は唸りを立てた。
「サラ」
空気が震え、久方振りに音となって出た彼女の名前。それは懐の奥深くにしまっておいた、彼女が自分の元から去ってから一度も口に出さず、心でのみ大切にしていた無上に美しくて清らかなもの。
「待ってくれ」
何処にいても君の面影を探していた。そして、目蓋に映った君の姿を、私はいつも大切にしていたのだ。お願いだ、私をこれ以上苦しませないでくれ。君が私のものでなければ、生きる価値はないのだ──いつの間にか銃声は止み、朽ち果てた広く尊厳な教会にはカークたった一人になった。彼が履いている手入れされた黒の革靴は、彼らの血溜まりを踏み、細波を立てていた。カークは天を仰いだ。嵐で崩壊した屋根の向こうには高い空があった。何という静かな、穏やかな、崇厳な事だろう。その空と同じ色をした瞳が彼女の姿を捉えようとした。しかし割れたステンドグラスの向こうには、もはや誰もいなかった。

すっかり食欲が落ちていた。手に入れた頑健な身体は生き生きとしてはいるが、その分虚しさが残った。怜悧な頭には益々彼女の面影が見られた。夜も満足に眠れない。瞼の裏側に浮かぶ表情は、夢で見るサラとは全く違うものであった。眠りから覚めてもサラはいない。生きる事を選んだのは、彼女がいたからであったのに。丁度その日は夏らしからぬ夏、ないし余りに短過ぎた夏の入れ合わせとでもいったような、目が覚めるほどの秋日和であった。その朝カークが、朝日の前に立ちはだかっているのを見た雲にしても、今はもう魔法のように消えてしまっていて、今年最後と思われる美しい九月のひと日が澄み渡っているのであった。君が此処にいたら良いのに。今もこれからも、私の隣に君がいたら。カークは再び彼女の国へと戻った。その国にのみ流れる、馥郁たる空気を吸った己の肺は軽快であり、また己の頑健な身体は死にかけていた頃の記憶を放擲していた。ただ此処にあるのは、高尚で魅惑に満ちた、人間的で、理性的なものである。それらを私は常に愛そう。常にだ──カークは頭上に広がる、高くて崇厳な、無限の空を見上げた。この空と共に彼女がいる。この空と共に、彼女の魂が存在しているのだ。

Gallant - Bourbon