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Still in the green



たった一人の女の為に胸が痛がった。痛むところをそのままそっくり掘り、何処かへ捨てたいと思うも出来ない。何より疲労困憊であった。涙は出ずとも泣き続け、魂が彼女から離れない。全て幻想だ。幻の中で美しい君が己に微笑むのも、己の抱いたもの、見たもの全てが。そう何度も胸に迫り訴え続けているが、一向に治らない。それは彼女の女としての魅力に愚かにも負けたからに他ならなかったのである。錦えもんは特に眼が好きだった。彼女のあの美しい眼。悪戯好きな表情をしたかと思えば、一人の女の表情にする、あの深い色をした不思議な虹彩。それは半透明に澄むさざ波を生む海の色であり、彼女の魂が住む色。胸に抱く理想に理想が重なる。彼女への愛が、今も尚、骨身に沁みて深く刺さり込む。そなたは、そうでない事を願う。この心地良い夜の微風が、更に優しく微かに、彼女の頬に囁いて欲しい。愛しい彼女の眼が微睡んだその枕辺に安らかな憩いが訪れ、そしてその思いを愛の夢を持って彼女を静めて欲しい。

屋根の向こうにある無限の空は青く穏やかであった。正午を知らせる街の鐘が鳴り、許される限りの清らかさで澄み渡っていた。それは胸の嘆き宛らに、しっとりと己の中に響いては消えた。錦えもんの眼差しがサラに向けられる。今から彼女は街へ出掛けるのだろう。その高尚な眸を細め、仲間達と楽しく話をしている。此方に気付く素振りはない。前の島での体調が気掛かりであったが、彼女に話しかける勇気を錦えもんはすっかり失っていた。彼女のあの唇が、あの瞳が、我が目に向けられる時、その聖い喜びを己は留めなければならない。心の奥を貫く彼女の深緑の眼差しの光は、望みで燃え立たせ、恐れで心を沈めるのだ。この恋を、拙者は隠そう。そなたに苦悩の涙を流させてはならぬ故に。

錦えもんは一人、街の小さな古本屋に入った。錦えもんは毎朝配達される、外国語の新聞を読むのに苦労していた。ワノ国は独自の言語を持つ為、共通語は話す事は出来るが、読み書きには難があった。練習の為にも暇を見つけてはこうして本屋に立ち寄り、適当な本を選び単語や文法、綴りなどを密かに勉強していた。鎖国が進む母国の人々に知らせてあげたい。世界にはこんなにも多くの島があり、言語があり、宗教があり、民族があるという事を──その時、ある文字が錦えもんの視界に入り込んだ。暗号のような特殊な字体が本の背に印刷されていた。錦えもんは思わずそれに手を伸ばした。見間違える筈がない。それはサラが持っていた数枚のレコードの表紙に書かれてあったものと同じ文字であった。彼女の母語であり、彼女が懐の奥深くで大切にしている言語である。懐かしそうに、だが深い悲痛を浮かべた眼。錦えもんはその文字をなぞるようにそっと撫でた。サラ。サラ・バラデュール──やはり、今でも深く愛していたのだった。