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No dust gathers on the grass



小さな望遠鏡を覗き、標的を確認したが直ぐには準備をしなかった。サラは周囲にスナイパーがいないかを確認した。案の定、二、三人配置されていた。だが此方には気付いておらず、全く違った方向を見ている。サラは続けた。すると一人、遠くに男が見えた。彼らと同じく配置されたのだろうが、しっかりと此方を捉えていた。もう既に、スナイパーライフルの照準器を通して自分を見ていたのだ──サラは咄嗟に身体の向きを変えた。頭を守る為に下げたが、その弾は自分の左肩に命中した。想像を凌ぐ痛みに、全身の隅々にまで戦慄が走った。だがその痛みは、指の先端まで来たらまた再び心臓へと戻る。気を失うまで感じ続けるであろう恐怖に、サラは息を震わせた。痙攣を起こしている右手で拳銃を腰から抜き取った。そしてそれを両股で挟み、拳銃の引き金を引いた。必ず見に来るであろう敵に、サラはどう対処するか考えた。だが頭は冷静に働かなかった。出血で死ぬ前に早く来て欲しい。そう自嘲すると、ポケットに入れていた端末が音もなく緩やかに震えた。サラはそれがカークだと分かった。彼はいつも、無事に仕事を終えたか確認を取る。無傷の右手は今、拳銃を握っている。その電話には、出る事は出来なかった。
屋上の扉が開いたのを待っていたとばかりにサラは即座に一発撃ち込んだ。幸い、敵は一人であった。温存しようと思っていた残りの弾が重く感じ、拳銃はするりと右手から離れ地面に落ちた。サラは残った最期の力でその敵に近付いた。姿勢を低くしたまま、男の覆面を荒々しく取った。額に弾を埋め込まれたその男はカークの側近であった。サラの知る一番の古株であり、カークが信頼していた部下の一人であった。カークに対して、情が沸き始めている。あのまま頭を撃たれていても良かった。だがそうなるとモグラが野放しになる。カーク自身が危険になるのは、何としても避けたかった。サラは力尽き、その男の傍でうつ伏せになった。彼はまだ死ぬ事を望んではいない。だから私は守ったまでだ。ただそれだけの事なのだ。サラは地面に、自分の血が広がっていくを見た。カークさんは私の死をどう思うだろうか。雇った人間が死んだだけであって、何とも思わないだろうか。サラは朦朧としてきた意識をそこに留まらせる事をしなかった。こんな、痛みを伴う死に方をするのは嫌だったのに。でも更に嫌なのは、カークさんがいとも簡単に私を忘れるであろう事だ──澄み渡っていた彼女の眼はたちまち曇り、そこには続いて異常な輝きが示されていた。大粒の涙が一滴溢れたと思うと、頬に一本、銀の筋を引いて流れ落ちた。

カークは血を体内に運ぶ管を、右腕から乱暴に抜き取った。端末に表示された彼女の名前はただ静かに、今も彼女自身を呼び続けている。だが一向に応答はない。部屋に入って来た医師は静止するよう求めたが、カークは眉間に皺を深く寄せたまま、腕から流れ出る血で端末や床を汚した。
「サラを探せ」
カークは護衛に一瞥を寄越した。彼の持つ、雷霆の如き声の響きが、その場にいた全員の身に齎された。
「死んではならない。彼女だけは、」
額に浮かんだ汗の玉を拭った。そして再び「彼女だけは」と唸る声で繰り返した。彼は憤懣に我を忘れかけていた。誰でもない、自分が彼女を殺したのだ。懐の奥深くにしまうように大切にしていた彼女を、自分が追いやったのだ。彼女を幸せにする訳でもなく──カークは床に崩れ、頭を抱えた。固く目を閉じ、逼迫した表情で床に額を当てた。そして彼女の名前を叫んだ。