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Laid to rest



建物に入ると、サラは腰のベルトに挟んでいた拳銃の引き金を引いた。非常階段を通り、駐車場から屋上へと上がる。肩から下げていたケースからライフルの部品を取り出し組み立てる。そして小さな窓を開け、欄干にライフルを装備した。光学照準器から見える、会員制のプールでクロールをしている男。はっきりと顔は見えなかったが、サラはその男の頭に照準を合わせた。そして息を止め、昂然とその一発を放った。痛みを感じる間もなく死ねるのだから幸せだ。その人生、様々な苦労があっただろうが、死ぬ時は一瞬で死ねる。彼のように、病気になって苦しみながら死ぬ人もいるというのに。サラは即座にライフルを解体し始めた。氷のように冷たくなった指で、小さくなった部品を順番にケースに入れていく。最後に光学照準器を通して、男の日焼けをしていない白い身体がうつ伏せに浮いているのを見ると、サラはその場から立ち去った。建物を出ると、サラは腰のベルトに挟んでいた拳銃の引き金を戻した。車のトランクにそのケースを入れ、大学へと車を発進させた。時計を見たが、授業までは暫く時間があった。

夜。サラはある刑務所に足を運んだ。サラには姉が一人いたが、十代の頃、ある男に性的暴行をされ絞殺された。捕まった男は成長障害を持っていた。幼少期に受けた過度のストレスにより精神の成長が止まり、子ども同等の水準のまま大人になり犯罪を犯したのである。姉を殺した事は覚えているかも知れないが、死を理解していない。刑務所を家だと思い、皆を家族と思い、幸せに生を全うしている。サラは未だにその彼に会い続けていた。そして彼は彼女の事を、自分に会いに来てくれる家族の一人だと思うようになったのである。大きな面会室の隅にある一つの机に二人は向かい合って座り、サラは鞄の中から真っ白な画用紙とクレヨンを取り出した。男は慣れた手付きでそれに絵を描き始めた。その絵はいつも、生まれて間もない子どもが描くような絵であった。クレヨンの明るい色で描かれた様々なものの一つに、決まって一人の人間がいる。それは小さな女の子であった。それがサラに、彼女の姉を思い起こさせた。姉が生きる筈であった時間を、今彼が生きている。そう思うとサラはこの時間を通してのみ、姉をその眼で見る事が出来るのである。両親も姉も、サラは今まで誰一人として幸せに出来なかったが、彼だけは幸せに出来たと言える。サラは傍にあった新しい紙を男に差し出した。すると男は嬉しそうにその紙に再び絵を描き始めた。

カークは立ち上がって窓に近寄り、戸を開けにかかった。月光は窓が開くやいなや、まるでずっと前から外に張り番をしながらこの機会を待ち設けていたかのように、さっと室内へ流れ込んで来た。彼は窓の戸を開けた。それは清々しい、静まり返った明るい夜であった。今日、サラは仕事があると言った。その仕事は無事に終わっただろうか。元々彼女の雇主はカークであった。だが彼が国を離れた際に、彼の方から連絡を絶った。もうこれから、彼女に依頼する事はないと思ったのである。しかし、行く先々で思い出すのはサラただ一人であった。彼女の持つ、あの灰色の眸。それらが絶えず、彼に優しい光を返していた事にカークは気付いたのである。この国に戻って来た時には既に瀕死であったが、サラを探すのに時間はかからなかった。同じ大学で教鞭を取り、変わらず本業を続けていた。そして再び自分を見た時の双眸は、あの日々のものと同じであった。私が忘れる事はないのだ──君が命をかけてくれた時の事を。現実の陶酔に狂い、彼の胸が早く打った。そして彼の目は、その空にすわったのだった。