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Midnight blue



倦怠を感じサラは顔を上げ両腕を伸ばした。直ぐ目の前にはサニー号よりも大きくて灰色がかった月が水平線に浮かんでいる。その月に映った鳥が一羽、音のない重い翼で夜気を漕いでいる。サラは肌寒い風から身を守るように分厚いブランケットを羽織った。少し前までルフィ達の騒ぎ声が聞こえていたが、今はもう聞こえない。聞こえるのはサニー号が海を切り進む水の音だけ。朝までは長い。だがサラはこの時間が好きだった。思いに耽る事など昼間は中々出来ない。この穏やかな天候が変わらぬ事を祈った。
「わっ!」
夜の船番を始めてからたった数分でサラは小さな叫び声を上げた。心安らかに眺めていた煌びやかな月に巨大な黒い影が映ったのだ。敵の襲撃とサラは思い込み、咄嗟に傍に置いていた拳銃をその影に向けた。だが目を凝らして見てみると、その影は自分が良く知った人物のものであった。
「すまぬ、驚かせたか」
立ち位置を変えた錦えもんの顔が月明かりで見えた。サラは拳銃を仕舞い、またブランケットを羽織る。錦えもんは相変わらず着物一枚の寒そうな格好をしていた。
「ど、どうしたんですか?錦えもんさん」
「眠れぬ故、拙者も寝ずの番をと」
見張り台はそう広くはない。背の高い錦えもんには窮屈そうに思えた。サラの隣で胡座をかくと、彼の膝の骨がサラの脚に軽く触れた。
「すみません」
もぞもぞとブランケットの中で動く。仄かなランプの灯影に照らされ広げたままであった本をサラは閉じ、隅へと移動させた。長い脚。猫背になった大きな身体。髷のある黒髪。錦えもんが直ぐ近くにいる。
「いやいやサラ殿、拙者が勝手にしておるのだ。気にするでない。しかし女子を夜一人にさせるなど誠に腹の虫が治らぬ話でござる。今度ルフィ殿に、」
「だ、大丈夫ですよ!夜の海、結構好きだし」
そう言って笑った表情を錦えもんは無意識に見詰めた。
「そうでござったか。だが次からは必ず他の者と共に寝ずの番をするのだぞ」
漆黒の虹彩を持つ目が微かに細まった。彼はワノ国の侍だという。彼の国では女は男よりも頼りないものと考えているらしい。サラはその考えが自分に向けられているのだと思うと、何だかこそばゆい感覚に呑まれた。自分の故郷ではそういったものがまるでなかったから。一度彼の国へ行ってみたいと思う。彼は余り自分自身の事を話さないけれど、とても素敵な国なのだろうと思う。そのような人が今、自分の隣にいるという事が不思議でならなかった。
「今夜は拙者がお供しよう」
「本当に良いんですか?」
錦えもんは深く頷き、腰に差していた二本の刀を床に置いた。
「眠れないのは辛いですよ?」
「武士たる者、数日眠らずとて何も支障はないでござる」
「本当に?」
「拙者が良いと言っているのだ」
今度は目を思い切り細め、サラに白い歯を見せた。
「錦えもんさんがいてくれたら心強いです」
サラの美しい微笑みに錦えもんは思わず視線を逸らした。微かな胸の高鳴りを抑えつけるように、組んでいた腕に力を込めた。気が付くと祖国の事を考える。あの惨憺たる光景を思い出すだけで毎度恐れや不安、復讐やらに心が荒ぶる。だがこの娘を見ていると、この娘と一緒にいるとそのようなものは緩やかに、自分の外へと流れ出るような感覚に至る。己の沈みがちな気持ちをすうと治めてくれる。気さくに慎ましく、凛として優しく。己の抱える心の暗い部分に、彼女の放つ明るい反射が届くのを感じるのだ。錦えもんは毛布に包まっている娘を見た。自分に寄り掛かり、うとうとと頭が揺れている。安心、したのだろうか。毛布の奥にある高い体温が、触れている自分の脚や腕に伝わって来る。朝までこの娘とどう過ごすかなど碌に考えもせず此処へ来た。娘一人だけにするのは心配であったし、兎に角自分が一緒にいなければと思った。だが娘がこうして眠ってくれて自分は助かったように思う。何よりこの娘を退屈させないような楽しい話など自分が出来る筈もない。男がべらべらと話すのはみっともないと思っている一方で、この娘の事を知りたいと思う。何を考え、何を大切にしているのか。この娘もまた拙者と同じく話さない。錦えもんは自分から彼女に少しだけ寄り添った。サラの流れる髪が左腕に触れ、そして頬が触れる。どこか微笑んでいるようにも見える寝顔を錦えもんはそっと覗き込んだ。後先の事も何もかも忘れ、ひたすらに見惚れた。右手で触れようとし、だがやはり触れずに、錦えもんはまた腕を組んだ──嗚呼、この良夜を如何致そうか。