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Organ of fire



忙しなく鳴り始めた鐘の音に町中が静まり返る。人々が息や唾液を呑み、開始された砲撃に我を失う。海賊だ。またこの島に海賊がやって来た。鐘が鳴るというのは久し振りである。この海賊はただログを貯めるだけではなく、町を荒らす海賊であるという事だ。幾度となくこの町も海賊に破壊されたがその度に復興して来た。だが幾ら港に見張り台を設置しても此処に住んでいるのは一般人である。その鐘が鳴ったとしてもこの島の中で逃げ回る事しか出来ないのだ。庭の手入れをしていたサラは家の中へ駆け込み、全ての戸締りをし、引き出しに隠していた拳銃を持って机の下に身を潜めた。一応町には幾つかの隠れ場所がある。個人の家の地下や森の中、洞窟などに人々は逃げる。だがこの脚では何処も間に合わない。もう海賊共は船から降り、町に上陸しただろうか。サラは震える手で弾が入っているか何度も確認した。撃った事はない。恐らく撃てたとしてもその前に殺されるだろう。一般人が撃つ弾など呆気なく外方へ飛んで行ってしまう。だがこのどっしりと重たい凶器が傍にあるだけでサラはまだ正気を保つ事が出来た。引金を引き、胸の近くで持つ。言う事を聞かない脚を必死で机の下から出さないようにしながら。何故ミホークは海賊になったのだろう。海賊は悪だ。略奪や殺戮が仕事みたいなものだ。そんな海賊に何故。早く、早く海兵に来て欲しい。すると海賊は一般人を狙わなくなるから──すると新たな一つの轟音と共に砲撃の音が止んだ。驚いたサラは力一杯手を握り締め、耳を澄ませた。すっかり静寂になった。頭の中に無理矢理入って来るあの騒音はもうない。サラは机の下から這い出て、部屋の窓から恐る恐る外を見た。すると港に入っていた巨大な海賊船は綺麗に真っ二つになっていた。砲撃が止んだのはその為らしい。辺りに軍艦はない。こんな事が出来るとしたら、この島に一人だけいる。ミホーク、とサラは彼の名前を口にした。彼の姿は見えない。だが手の震えはピタリと止まった。

このような輩に彼女は傷付けられた。脚を貫通した弾は白い壁に減り込み、石畳みに血を溜め彼女は倒れていたのだ。ミホークは背中に差してある黒刀に右手を添えた。そしてそれを緩やかに抜き、漆黒の刃に海賊船を合わせた。日光が刃に反射し、瞳孔が狭まり黄金の虹彩が広がる。ミホークは唸る黒刀を一振りした。サラの哀愁漂う表情。何もかも失ったと思い込んで暮らしている。俺が、もっと早くにお前を見つけていれば。俺たちは二人きりだった。胸の内にある想いも夢も、故郷に吹く風に嬲らせたのがいけなかったのだ。今のお前は死者に想いを馳せ、生きる事に疲れているが死ぬ事は尚恐れている。だがこれからは違う。これからは、俺がいる。お前が無上に好きだ。餓鬼の頃からお前だけが、好きで堪らなかった。

あの時と同じだ。小さい頃に脚を拳銃で撃たれた時、彼はその場にいた海賊を一掃したのだ。私は町の人に抱えられ、病院へ向かう朦朧とした意識の中で彼の姿を眺めた。彼は傷だらけになりながら、だがその刀を納める事はしなかった。最後まで一人残らず討ち取った。ミホーク、と名前を呼ぶと彼は振り返った。彫刻のような眼差し。私はあの時のようにその場に崩れた。支えであった杖が倒れ、左手から擦り抜けた拳銃が音を立てて地面に落ちた。視界が揺れる。私は咄嗟に手を伸ばした。
「サラ」
ミホークの香り。すっかり大人になった逞しい腕が強く私を抱き留めている。
「俺は死なんぞ」
ミホークの言葉にサラは目を見開いた。黄金の眼光に一つの感情が含んでいる。それをサラは初めて読み取る事が出来た。お前を独り残しはしない。お前が愛した男とは違って。ミホークの無骨な手がしなやかにサラの頬をするりと撫でた。自分が何より恐れている死から彼は遠い所にいる。サラはミホークのその手に触れた。溢れる涙が彼と自分の手の中に落ちて行った。