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A trembling hand



小雪が任務へ行った。今回はちゃんと面と向かって「行ってくるね」と言ってくれた。俺は小雪の前髪をかき上げ、額に一つキスをした。ああ、気をつけてな。下ろした前髪をその額に押し付けるように何度も撫でて俺は微笑んだ。小雪は俺のその手を握り、暫く離さなかった。その小雪が帰って来ない。もう四日も帰宅が遅れている。

ガイは目を覚ました。何回か瞬きをし、緩やかに身体を動かす。いつも空けているベッドの左側には小雪はいない。今日帰って来なかったら五日か。否、帰って来る筈だ。今日こそは。身体を起こし、床に両足を着いた。ガイはもう一度ベッドを振り返った。小雪は寝顔を見られると機嫌を損ねる。私の顔を眺めてないで朝食を作ってよ。何が食べたい?何でもいい。仰せのままに。ガイはベッドから漸く腰を上げた。
小雪の偏食がなくなったように思う。何でも食べる自分と比べるのも何だが、小雪は本当に酷かった。料理に対する知識も欠如しており、カレーを食べた事がないと言われた時の事を覚えている。だが俺が作ったもの全てに「美味しいよ」と彼女は言ってくれる。そして綺麗に全部食べてくれるのだ。そうか?うん、ずっとこのオムレツがいい。ムム、それは駄目だ。
小雪は俺の前で修行をしない。四六時中一緒ではない為、俺といない時にしているのだろうが、ランニングや組手、カカシとやるようなちょっとした対決なども断られる。あのしなやかな身体が任務内でどう動き、その賢い頭が任務をどう成功させるのか俺は知らない。そして何をその心の内に秘め、この日々を生きているのか分からない。彼女の目標や哲学なども、俺は知らない。全てを知りたいと思うが、俺は聞かない。聞いてどうするの?彼女はそう言う。
六日目になろうとしている。ガイは帰宅して風呂に入り、もう一度外に出た。休もうとしている里を見下ろす。背後には火影室がある。小雪が帰って来て通るとしたら此処だ。ガイは夜の風を受けながら、里の入口を眺めた。知らない場所で死んでいるかも知れない。小雪に何かあっても連絡は来ない。俺はどうする事も出来ない。「ガイ」と呼ぶ小雪の声を、笑った表情を脳裏に浮かべる。不安で堪らなかった。今すぐ彼女をこの腕に抱き、強く抱き締めたい。また同じ時間を過ごす事は出来るだろうか。彼女が消えてしまうのなら、自分はどうなるだろうか。このまま忍として生きるか、そのまま野垂れ死ぬか。生きる理由を彼女以外に見つけられるだろうか。そんな俺を「馬鹿ね」と笑う小雪。お前を愛してるよ。今お前は何処にいるんだ。早く帰って来い。俺は何も知らない、お前の事を。自分を覗き込む優しい眼差しや、自分に触れる柔らかな美しい手が自分の目に映る。小雪を失う事だけはしたくない。彼女の喪失は己の喪失の象徴のように思える。
ガイは毎日森を眺め、小雪が星に従って木の葉に少しずつ戻って来るのを想像した。そして木の葉に吹く風に乗せてキスを送り、その風が彼女の頬に触れて欲しいと思った。小雪が森を駆け抜けここに帰って来るという希望。森はそのたった一つの事を意味する。

小雪が帰って来た。ガチャリ、と扉が開く細やかな音に俺は飛び上がった。勢い余ってよろける身体を壁に追突させながら玄関へと向かう。ずっと朦朧としていた頭はすっかり冴えていた。朝の眩しい光の中にいる小雪が俺を見て少し笑った。そして「ただいま」と言った。身体の中に溜まっていた言葉は口から出ないまま、ガイは黙って小雪を力強く抱き締めた。そしてその華奢な背中を大きな手の平で撫でた。森の膨れ上がる豊かな香り。小雪の、香り。

The Handsome Family - Far From Any Road