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Rolling stone



黄金の双眸が鍔の影から現れた。陽に当たらなくとも静かに煌る瞳。脳裏に焼き付いたその瞳が随分昔の記憶と共に蘇る。一度捉えると離さず此方へ近付いて来る。彼の姿が大きくなるに連れ心臓の鼓動が早くなる。私は何か、宛ら取り返しのつかない悪い事でもしたような、酷い罪の意識に呑まれた。会いたくなかった。このまま何もなかったように立ち去りたい。何故再び彼と出会うのか。そして何故彼は未だに私を覚えているのか。広漠たる海には彼を此処に運んで欲しくはなかった。何処か遠くの、此処とは違う世界で生きていて欲しかった。頭上にある太陽の光芒が彼の存在に強さを増したような気がした。

夫が海難事故に遭って数年が経った。巨大な定期船に乗ったが最期、新聞に載ったのは跡形もなく崩壊した船の写真だった。海賊か海王類か、将又天候にやられたのか原因は不明。夫は帰って来ない。当然死んでいるのだろうが、実感がない。運良く何処かへ流れ着いて、生きているような気がするのだ。明日帰って来るかも知れない。明日この島の港に着く定期船に乗っているかも知れない。そんな微かな希望を抱き、夫の私物をそのままにしている。気に入っていた服。良く磨いていた靴。愛用していた文具。帰って来る筈が、ないのに。
「随分と時間が掛かった」
元々備わっていた抑揚のない声と独特の雰囲気に重みが増したようだった。会うのは互いに十代以来だったが面影はある。伸びた背。胸を張った広い肩幅。彫刻のような身体。威厳に満ちた態度は自分が知らない、今までの彼の膨大な時間を表していた。
「何に?」
「お前を探すのに」
ミホークが私の脚を見、そして抱えている紙袋に視線を移した。私は果物やら色々入っている袋を抱える左手に力を込めた。右手で握っている杖との間に微かに汗が滲む。ミホークの右手が此方へ伸びて来た。恐らく袋を持とうとしたのだろう。だが私は構わず歩き出した。世界一の剣豪と立ち話をしているところなど見られたくはない。そしてこんな物、たった一人分の食料である。前に比べれば断然軽い。

人の手で彫られたような美しい型の目。その中にある黄金の虹彩。ミホークが窓を越して外を眺めている。家の中に置いてある物など宛ら見えていないような素振りをしている。
「此処から海が見える」
サラは顔を上げた。この家は町から少し離れた高台にある。窓を閉め切ると聞こえて来るのは船の汽笛だけで、波や人々の音とは無縁である。
「海が嫌いだとお前は言っていたが」
隣に座っているミホークをサラは盗み見た。そして直ぐに視線を手元に戻した。
「一体いつの話をしてるのよ」
彼にそう言った時の事をサラは覚えていなかった。だがその事は事実であった。彼が未だに昔の事を覚えているのが不思議でならない。私は殆ど忘れてしまった。思い出す事を拒んでいるからだろうか。
「変わったのか」
ミホークが俯いている私を見た。海は相変わらず嫌いだった。見ていて心地良いものではないし、余り近寄りたくもない。海は未知で危険なものだ。だが夫は好きだった。だからとは言わないが、この家を少なからず気に入っている。夫が毎日、この窓から海を眺めて「綺麗だなあ」と言っていたから。そんな彼が海で死んでからまた嫌いになっただろうか。「さあ、どうだろうね」とサラは答えた。

Hurts - Rolling Stone