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Beautiful people with beautiful problems



島大介の視線の先には技術長兼副長の真田志郎がいた。トレーには誰も食べないような食べ物をちょこんと乗せ、空気のように静かに席に座っている。つくづく不思議な人だと思う。普段はあのように物静かなのに、眼光を鋭くさせ饒舌になるのだ。あの人と仲良くなれる人間なんているのだろうか。同じ技術科でも和気藹々としているところなんて見た事がない。ご飯を半分食べ終えた頃に数人の航空隊が食堂に入って来た。その中に女子が一人。艦内で専らの噂になっている女子である。副長の位置から出入口は良く見えた。
「やっぱりあの二人、付き合ってんのかなあ」
向かいでご飯をもぐもぐと頬張っている古代進に島は何気なく問う。問う、というより独り言を言う。周りで起こる些細な事に疎い男だからきっと知らないだろう。
「え?誰と誰が?」
古代はその茶色の虹彩を揺るがせた。模範解答、と島は笑った。
「副長と航空隊の鳴神さんだよ」
「ええ!?」
"副長"というパワーワードに古代はたじろぐ。どうもあの人だけは苦手だった。感情的になると「論理性に欠ける」と言い、クルーとちょっとした口論をすると見下したような死んだ目をする。常に腕を組んで仁王立ち。冷静さを通り越して冷徹さを感じさせる口調で命令を出す、あのコンピューター人間に恋人がいたなんて──古代は水を一口飲んだ。そして思い浮かべた。何度か話した事はある。明るく人当たりの良い女性。確かトップエースの加藤三郎と同期だったように思う。だが余り気安く話しかけられない雰囲気の人。その彼女と真田副長が恋人同士だって?何かの間違いだと古代が視線を飛ばすと、島が合図をした。
「ほら副長、本読んでるけど全くページ捲ってないだろ?」
古代はゆっくり振り返り、真田の姿を確認した。ピンと伸びた正しい姿勢で本を開いている。
「ほ、本当だ。言われてみれば」
ちらちらと寄越す副長の視線の先には例の彼女の姿が。気になっているのだろう。だがそれが筒抜けである。人間誰でも恋に落ちるんだ、と古代はしみじみ思った。すると航空隊の群れから脱したその人が副長の向かいの席に座った。副長は顔を上げ、本を閉じた。トレーには原型を留めたままの食べ物がある。あれを食べるのに一分もかからないのに、と古代は綻んだ。彼は彼女を待っていたのだ。そしてその彼女が自分の所へ来てくれた事が嬉しいのだろう。そこにいたのはいつもの怖い顔をした副長ではなく、一人の女性に恋をした男だった。
「あんな顔、するんだな」
冷たい刃のような取っ付きにくい人だが、本当は心に情熱を持った人なのかも知れない。古代はある女性を思い浮かべた。その途端に心臓は高鳴り、指先がじんと温かくなる。これが何なのかまだ分からない。だが多分、真田副長もそうなのだろう。こんなにも心地良くて、幸せな感覚を彼も持っているのだろう。

「期間限定・天の川ランチは中々美味しかったなあ」
その言葉の返答に真田は困る。さっきスプーン一杯に盛られたそれを無理矢理口に放り込まれたのだ。味は確かに美味かったが、もっと食べたいとは思わなかった。この先にある突き当たりで別れる。その手前で真田は立ち止まった。
「小雪、また本を借りてもいいだろうか」
厳しい重量制限の中で持って来られたのは専門分野の本ばかりで、気分転換に読む本は数える程しかない。それを何度も繰り返し読む事もそろそろ辛くなってきた。
「良いよ。私が選ぶのも何だから部屋に来て」
「分かった。ありがとう」
今度は音盤も借りてみようか。それらを持って来たと彼女は言っていたから。そう真田が思い付いた時、向こうの通路から船員が二人姿を現した。手にはカメラらしき物を持っていた。それを見ながら何やら楽しそうに会話をしている。
「こんにちは。すみませんが今、お時間宜しいですか?」
船員の一人が言った。
「何だ?」
「今写真を撮って回っているんです。艦内掲示板に載せたら大好評でして──良かったらお二方も」
写真。そういえば二人で撮った事がないように思う。館内の電子掲示板。主に食堂の新メニューや惑星の面白い知識、落し物の知らせなどを表示している。そこにヤマトのクルーの写真を載せたらしい。今回そこに我々も加われと。ただ撮るだけなら良いが、それが晒し物になると思うと──真田が顎に手を添え、あれこれ考えている内に小雪は快く承諾をした。
「撮りますよ〜!」
その声にハッと我に返る真田と、そんな彼の横で微笑む小雪。その写真が電子掲示板で公開されたらしいが生憎多忙を極め、見る事が出来なかった。忘れた頃に真田自身の元へ届いた。白い封筒には副長へと書かれてある。私室のベッドに腰掛け、真田はその封筒から写真を取り出した。出て来たのはあの時撮った写真──なんて間抜けな顔をしているんだ私は。また何か考えていたに違いない。隣の小雪はシャッターを切るタイミングを見計らっていたように綺麗に写っている。写真は真実を写す、か。だがそこで真田は気が付いた。自分の後頭部から指が二本飛び出している。小雪のピースサインだ──あいつは何かしないと気が済まないらしい。真田は涼しげな顔をしている彼女に触れた。その写真の裏にはもう一枚あった。確か撮ったのは一度だけではなかったか。見るとそれに写っていたのは自分と小雪。いつかは分からないが食堂で話をしている時だ。小雪は白い歯を見せて笑っていた。そして自分も。普通の会話をしていたのだろうが、こんな表情をしているのか、私は──参ったな。相変わらず君はとても綺麗だ。真田は心の中で呟いた。ベッドから立ち上がり、それらを私室のまっさらなボードに貼った。私の恋人。眩しい程の幸福。その事実が彼の中で鳴り響いた。

Lana Del Rey - Beautiful People Beautiful Problems