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Crawling back to you



今日はいつもの酒量では酔わなかった。飲んでも飲んでも頭は冴えていて、酔ったと自覚するまでに結構な時間を費やした。壁にかけられてある時計を見るともうすぐ日付が変わる時間だった。流石にまだ寝ていないだろう。風呂には入っているかも知れないが。円型の時計がぐにゃりと変形したのを見た自来也は視線を手元に戻した。昼間見かけた小雪の姿を思い出した。あの顔はもうこの脳に焼き付けている。だが見かける度に綺麗になっているような気がする。そして見かける度に自分は彼女に魅了されるのだ。小雪が幼い生徒たちと一緒に定食屋に入って行くのを自分はただ見つめていた。彼女は自分のことには気付いていない。いつだって見つけるのは自分が先である。火影の執務室で偶然を装い出会すと、露骨に嫌な顔をする小雪(たまに「ゲッ」と言うこともある)だが、今日は自分には決して向けられないであろう可愛らしい笑顔を浮かべていた。自分には決して向けられないであろう笑顔。自来也は微かに自分の鼓動が早くなり、顔が少しだけ火照るのを感じた。あの笑った顔、あの顔が途轍もなく自分の心を掻き乱す。年甲斐もないことに。自分が想いを寄せている女にどうにかして近寄る為に酒を頼っているという何とも情けない話だが、自分は酒を胃に流す作業を止めることはしない。これに関しては根性もクソもないのだ。酒がなければ、酔わなければ何も出来ないことを知っている。
自来也はゆっくりと席を立ち外に出た。冷たい風が頬に当たったが少しも熱は奪われない。自来也は瞬きを一度した。甘い匂い。顔を上げるとすぐ目の前に彼女が歩いていた。髪を靡かせて軽い足取りで、数歩後ろにいる自分をちらちら振り返りながら目を細めて笑っている。手を繋ぎたい。そう思って彼女の手を取ろうとしたが、ものの見事に地面へ頭から突進した。我に返り、慌てて見上げたがそこには誰もいない。──我ながら重症。自来也は立ち上がり、危うい足取りで彼女の家へ向かった。
ドンドンと強めに扉をノックした後に一度自来也は深呼吸をした。酔っているおかげで勢いはある。すると中からはい、と女の声がした。間違いなく小雪である。彼女が鍵を解除した途端自来也はドアノブを掴み、それを力任せに開け、小雪の心底驚いた顔をこの目に焼き付けた。そしてあの嫌な顔をされる前に彼女の顎を指で掴み、膨よかな唇に自分の唇を押し付けた。見開かれた小雪の両目が持つ銀色の虹彩は正に宝石だ。自分とは違う目。目が合うと思わず呼吸を忘れてしまう。近くで見ると一層神々しさを感じるその双眸に己の姿を見ると、自来也は満足気にゆっくりと目を閉じた。
好きだ好きだ好きだ。こんなにも好きなんだ、お前のことが。お前のその目も、髪も、声も。全部、好きだ。ワシはこんなキスしか出来ない。許せ。どんな形でもいいからお前の記憶に残りたいと思うこのワシを許せ。
三忍の一人、自来也は爆音と共に小雪の部屋の壁を突き破り、うっとりする程の綺麗な夜空を舞い、激突した向かいのアパートを全壊させた。悲鳴やら崩壊音の中、うっすらと開けたこの目に映ったのは、大きな穴の向こうにいる小雪であった。──やっぱりいい女。力の加減ってものを知らないが、いい女だのォ。そう思いながら自来也は意識を失った。

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