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So deep in my heart that you’re really a part of me



「腹が減っているのなら、ドーナツを食べたまえ」
サラは、上司であるコールへ事件の進捗報告をする為、住民の詳細や検視結果、証拠品の類など、多岐に渡り書き記していた。だが、軈てクーパーの夢の事になると、途端に手が止まった。断片的な夢の繋げ方や、文章の表現に頭を捻らせたのではなく、彼女自身の事に思考を囚われた為であった。彼女の力ない顔付きや困惑の色、疲れ切った様子が、ふとクーパーの心に哀れみを生んだ。彼は彼女にそう声を掛けたが、思いなしかその眼差しは不思議な程に優しく見えた。本当に彼が胸を打たれていたのか、ただ戯れに嬌態を作って見せたのか、無意識なのか、善意からなのか、それは兎も角その眼差しは優しさを表していた。それを見るなり、サラの心は蘇った。眼前に座っている彼は、たった今ドーナツを一つ食べ終わったが、皿の上には未だ三つもあった。本日のドーナツは何個目を突破したのか、それも一緒にコールに報告しなければならないと彼女は思った。
「夢か現か、どっち付かずの事があった時、クーパーはどうする?」
「実際に確かめる。まあ、それがどのような夢かにもよるが──なんだ、君も夢を見たのか。事件解決のヒントになるかも知れないから、私に教えてくれ。それはどういった夢だったんだ?」
その時になって何故かクーパーは、今朝に見た、サラとローゼンフィールドの二人の顔を思い出した。彼女が彼の元へ行き、何やら少しだけ話した後、彼の方から別れたようだった──アルバートは一体どのような言葉を最後に言ったのだろう?二人の対照的な顔を思い起こしながら、クーパーは心中で言った。あの晩、二人の間で全てが成就した事は、矢張り事実なのだろうか?既にあの晩、二人の間に何の障壁もなくなっていただけではなく、何方も、いや、特にアルバートが、二人の間にそんな事のあった後だけに、一種の羞恥すら味わっていたとすれば?クーパーは忘れもしないが、ローゼンフィールドは既にサラを見る事を避けており、保安官事務所にて彼女が彼にコーヒーを持って来た時に初めて、ちらと顔を見て、微かに微笑んでいた。クーパーは今頃になって、自分の気付いた、微かに分かる程度の微笑を秘めたあの眼差しを思い出し慄然とした──そうだ、すっかり出来たんだ。一つの声が告げ、直ぐに別の声が丸切り異なる事を囁いた。デイル、お前はどうかしているんだ、そんな事は有り得ないよ。別のその声はこう言うのだった。
「君は、私に踏み入れさせる隙を見せないな」
『残忍な月の女神のように冷酷に育て上げられはしたが、頬を赤らめて歩く姿が健康な乙女のように見えた為、私は彼女の身体が血と肉で出来ていると思った。だが、彼女の身体に手を伸ばすと、其処には石の心臓があった。もしかしたら勘違いではと、私は何度も確かめたのだが、その度に思い知るばかりだった。月の表面をなぞっているだけだと、彼女の笑いが私を変身させ、私は唯の薄鈍になり、彼方此方を彷徨き周りながら、天体の運行より更に、拉致もない思いに耽る内、彼女の姿は消えてしまった』──クーパーの脳裡には、口内に広がる甘味なんぞは作用してはくれなかった。眼前に座り、淡々と書類仕事を片付けながらも、その胸の内では全く別の事を考えている女性。今、この場にいない、自分ではない人間の事を考えているかも知れない女性。そして、この女性の心が欲しいと願って止まない男の脳裡には、非情な詩がすっと過った。
「私に秘密はないが、君は秘密だらけだ。秘密っていうのはそんなに良いものかな?」
神秘的で、張り詰めた状態に終わりが迫りつつある。もう一押しあれば、何もかもが終わりを告げ、明るみに出る。だが、これら全てに関わりを持つ身でありながら、私は自分の運命について、殆ど案じる事はなかった。不思議な気分だった。仮に、もしサラへの思いがなかったなら、私は、目の前に迫った超自然の興味に没頭するだけで、それこそこの身の何処もかしこもどっぷり事件に浸ってやった事だろう。だが、彼女が私をまごつかせるのだ。彼女の行く末は決まりつつあるのだろうし、私もそれを予感していたが、実のところ、私を不安にさせているのは、彼女の行く末などでは全くない。サラの秘密を私は突き止めたい。彼女に私のところに来て、『だって、貴方の事が好きなんだもの』と言って貰いたい。でなければ、そんな狂った事など考えられもしないとしたら、その時は……さあ、果たして何を望んだら良いのだろう?何を望んでいるか、果たしてこの私に分かるというのか?私自身、途方に暮れているに等しい。私はただ彼女の傍にいて、彼女のオーラに、彼女の輝きに包まれていたいだけだ、いつも、一生。その先の事など何一つ知るものか!それに、私は本当に彼女から離れられるのだろうか?クーパーはゆっくり手を伸ばし、サラを警戒させないようにした。手の平を見せながら、彼女の顔へ持って行く。そして、彼女の形の良い鼻を二本の指で摘み、巫山戯た声を出した。
「言っても良いけど、貴方が傷付くから」
「なんだ、私を気遣ってくれているのか──そうだ、アルバートの事だが、君は『病院にいた』と言ったね?」
クーパーはサラに会えば、幾らか幸福な気分を味わう事が出来るだろうと思っていた。だが、実際は苦痛を感じるだけだった。彼女は無意味な質問を逃れようとするかのように、彼の視線を避け続けた。とはいえ、時々彼女の方から彼に視線をやらずにいることが出来る程、自分を制御出来た訳ではない。彼女は彼を監視していたのだった。サラはローゼンフィールドにしたように、クーパーの口元にドーナツを持って行った。静謐なる拒絶を示したローゼンフィールドとは違い、クーパーは躊躇なくそれに食い付いた。彼は何か正気のない、引き攣った微笑をちらと浮かべた。
「何かあったのか?」
「いいえ。彼、相当苛々してたわ」
「うん、だろうね」
「苛々しながらも仕事はちゃんとしてた。私はそのままモルグで寝てしまったの」
嫉妬に苦しんでいたのだろうか?兎に角、クーパーは酷く打ちのめされたような気分だった。二人はどのような事で、どのような会話で、遣り取りをしているのか、それを確かめる気にすらならなかった。何しろアルバートは、私と同様に、いや、私以上に、サラの信任を得ているのだ!親しい仲である事は間違いない、と彼は思った。それは明らかだが、いつの間にそういう間柄になったのか、二人の間に恋愛関係はあるのか?無論、ある筈はない。理性が、そうクーパーに囁き掛けた。しかし、この場合、理性だけでは足りない。何れにせよ、その点だけははっきりさせておく必要があった。不快で、苦しかったのだ。彼は前々から彼女を恋をしていて、内心、彼女に求婚しようと絶えず思っていた……彼女の方でも、彼に対しては愛想が良かったが、その心は平らかであり、この事は彼も知っていた。その為、これ以上優しい気持ちを彼女に持って貰おうとは望まずに、完全に自分に馴れ親しむようになってくれる瞬間だけを、只管に待っていたのである。では、一体、何がクーパーの心を騒がせたのか?この二日間に彼がどのような変化を認めたというのか?サラの態度は前と少しも変わっていないにも関わらず……自分は彼女の気質をまるで知らないのだ、彼女は自分が考えていたよりも、もっと冷淡だ。そういった考えが彼の心に湧いたのか、嫉妬心が目覚めたのか、それとも漠然と何か不吉なものを感じたのだろうか……が、兎に角、如何に自分に言い聞かせてみても、彼は苦しかった。
「サラ、もう一つ」
切ない気持ちで胸が一杯になり、心は鉛を沈めたようで、時折、血がやけに頭へ上った。小雨が再び降り出した。クーパーの心は、平静ではなかった頭の中では、様々な考えが旋風のように巻き起こっていた。若く純な女性の心に思いも掛けず、頼られ、触れられては、誰にせよ心を動かされずにいられるものではない。サラは、ずっと眉間に皺を寄せながら、口一杯に含んだドーナツを咀嚼している相棒をちらと見た。彼のその、見る間に険しいものへと変化した表情。それは、ローゼンフィールドが彼女に対してよく浮かべるものと似ていた。彼自身の内気さに打ち勝とうと向きになっているものであった。

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