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Give me that sweet



実に面白くない、という表情をしているイルカの顔を彼の同期は眺めた。窓の縁に両肘をつき、必死な眼差しで下を見ている。視線の先にいるのはイルカの恋人だった。上忍で、ヤバそうな任務にばかり行っている、また別の意味で有名なひとである。何故こいつはそんなひとを好きになったのか。というか、何故そんなひとがこいつの恋人になってくれたのか。多分イルカにとって彼女が初めての恋人だ。今まで恋の相談を多々受けて来たが、結局全て告白せずに終わらせている。だが今回はどうやらアプローチしたらしい。いろいろ心の整理や準備に忙しそうにしているが、明らかに見ていて落ち着いていないのはイルカだけで、彼女は酷く落ち着いている。もしやこいつ騙されてんじゃないのかというくらい不釣り合いで、何しろ熱に差があるのだ。イルカの同期はそこで一回ズーッとストローを吸った。ぐっと眉間に皺を寄せ今にも殺りに行きそうな気配を纏ったのは、その視線の先にいる恋人、ではなく恋人の傍にいる男のせいである。これがよく知っている人物ならまだしも、イルカ曰く奴は最近彼女に付きまとっているらしいのだ。これから中忍試験を受けるというただの餓鬼で、彼女の教え子である。彼女曰くとても優秀で将来見込みのある人材らしい。そのことが余計イルカにとっては腹立たしく、実に面白くないという顔をさせる所以である。そんな餓鬼がクソ生意気に自分の恋人に正々堂々とアプローチをかまして来るのだ。これは一発シメてやらなくては、とイルカは思っているに違いない。イルカの同期はそこでストローから口を離して視線を移した。見たところ彼女は楽しそうだった。餓鬼だと聞いていたけれど、見るとイルカとそう変わらない。そこにいるのはただの男だ。背は高く──もしかするとこれからもっと伸びるかも知れない──顔つきも大人びている。所謂好青年というやつだ。教師と生徒の関係と言われたら納得するが、言われなければ普通に恋人同士と思われるだろう。イルカと彼女が並んでいるより、奴と彼女が並んでいる方がよっぽどしっくりくる。だが見たところ、彼女は奴のことを何とも思っていなさそうだ。ただ話に頷き笑っているだけ。人間関係の基礎を作っているだけだと分かる。だが目の前にいるこいつ、イルカにはそれが分からないのだろう。ますます皺が深くなっている。そんなに不安なら今すぐ行けよと思うが、イルカは変なところでもお人好しで、自信を持つことを知らない。自分の中で彼女が一番だから大切にしたいと思う反面、嫌われたくないと思うのだろうか。相変わらず忙しいな、とイルカの同期はズーッとストローを吸った。自信を持っていいと思うし、お前のこと好きじゃなかったら付き合わないだろう。
一人異才を持った生徒がいると話題になった。教師をしている自分にとってそれはとても興味をそそられることで、如何にしてその才能を伸ばすかというのを教師同士話し合ったくらいだ。そしてその生徒の担当が自分の恋人、小雪であることも同時期に知った。優秀で、周りからの信頼も厚い彼女だから教えるのも褒めるのも上手なんだろうなあ、と俺は自分のことのように喜んだ。だがそれも束の間、その生徒に対する興味はある出来事によってかっ消された。なんと提出物であるノートに婚姻届を挟んで来たのだ。このことを俺に言ってくれない小雪はこれがただの悪戯と思っているに違いない。俺はそれを見た瞬間、背筋が凍るようなものを感じた。それからというもの、廊下や街で見かける度にどうしようもない焦りを感じる。小雪を取られるのではないかという恐怖に似た焦り。今までの恋とは絶対的に違う、本気で好きになれるひとが現れて、幸運なことにそんなひとと付き合えている。そんな甘美な事実に酔っているときにこれである。手を繋ぐことすら恥ずかしくて出来ていないというのに。俺と小雪が話しているところを通りかかれば意味深な笑みを浮かべてくるあの青年は、どれぐらい彼女のことを好きなのだろうか。──いやいやそんなことは関係ない。俺の恋人だ、譲るなんて万が一にもない。ああやって楽しそうに笑ってはいるが、賢い彼女のことだ、軽くあしらっているに違いない──いやしかし待てよ、これは勝手に俺が思っているだけのことで実際は──?無限に廻る思考にイルカは深いため息を吐いた。
緩やかな風が小雪の髪を揺らし、柔らかい笑顔がその青年から自分に移ったのをイルカは捉えた。彼女の愛おしい瞳が自分に向けられていること程嬉しいものはないが、今はただ恥ずかしかった。思いつめていたから、険しい顔をしていたと思う。けれど小雪を見るとたちまち寄せていた眉間の皺は消え、彼女の甘い香りが鼻から脳へ移るのを感じた。好きだ、とイルカは思った。小雪はイルカの全てを捉えた。多分彼はこの生徒のことをあれこれ考えてくれていたのだろう。優しくて、機転が利いて、こんな私を好きになってくれた人を心配させてはいけない。小雪はそう思ってイルカに手を振った。青年の視線が彼の方へと移る。
「彼、私の恋人なの」
小雪は青年に聞こえる音量で言った。青年は俯き、ゆっくりと小雪の方を見た。なにも知らないイルカは恋人に手を振り返した。

Hurts - Surrender