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My love is as a fever longing still



《ダイアン──9月16日、午後7時51分。"彼女"に会った。恋人の"彼"も一緒だった。二人は何やら口論になっていたから、私は話し掛けるのを止めた。恋人の"彼"は先に帰って……恋人でない私は彼女に近寄って話し掛けた》
《だが今日も、上手くいかなかった》
秘密嫌いのクーパーは、自分の秘密を彼女に打ち明けなければならないのであった。その事を考えると、彼の念頭は、突然もやもやした、半透明の匂やかな靄に包まれたかと思うと、その靄の中で、近々と柔らかに彼女の眼が光り、平たい唇が熱っぽく息付き、歯が段々と見えて来て、毛が焼け付くように彼の頬を擽った。彼は黙っていた。夢想の中の彼女は、神秘めいた狡そうな微笑を浮かべていたが、軈て、『ね、どうしたの?』と囁いた。彼は顔を背けず微笑し、ただじっと息を殺していた──夜。クーパーは、ベッドの上で昔のレコードを聞いていた。カチッカチッと操作する内、様々な想念が浮かんで来た。彼は、この世の無情っぷりに心が唸りを立てている中、それにまた殺された少女の影も加わり、耳を塞ぎたくなるような惨憺な言葉を、救いたいと願っている死者より囁き掛けられていた。そのような時、いつも彼を守ってくれるのは、彼に優しい言葉を囁き掛けてくれるのはサラであり、彼女との幾つかの夢想だった。何とも離れ難かった。恋に破れ続け、一時には頭が殆ど利く事をしなくなっていた彼は、長年その夢想に取り憑かれていた。だが、遂に彼は、自分の秘密を彼女に打ち明けなければならないのであった。
「ダイアン──2月26日、"彼女"は恋人と別れたらしい。直ぐに分かった。そんな彼女が可哀想に思えて、今朝、私はコーヒーを勧めたが、『彼は君を愛さなかったんだ、だから君が分からなかったんだ』と言ってしまった。他でもない事実だが、彼女はそのまま立ち去った」
サラを愛し始めた頃のクーパーは、恋で心が一杯だった。この恋の想いに照らされ、初めて、彼女の恋人という存在が、彼にとって重要さを持つ事になったのだった。サラといえば、福音書が教えてくれた高価な真珠のようなものだった。彼はそれを獲らんが為に、自分の持つ凡ゆるものを売り払う男だった。例え、その頃は未だ若かったにしても、恋を物語り、そして彼女に対して抱いていた彼の感情をそう名付ける事は間違ってはいない。それから、彼の知った事で、何一つこれ以上に、恋という名に相応しく思われたものはなかった。それのみならず、彼が、肉体的に極めて明確な不安に悩まされた時でも、彼の感情は大して性格が変わる事はなかった。その時分、ただ何とかして彼女に相応しいものになりたいと思っていたその彼女を、もっと直接的な方法で我が物にしようなどとは、彼は考えてさえもみなかった。精励や努力、敬虔な行為など、全てをクーパーは神秘な気持ちでサラに捧げていた。そして、彼女の為にのみしている全ての事を、多くの場合、彼女自身には気付かせないようにしておく事こそ、徳を磨いて行く事だと考えていた。こうして彼は、何かしら上せ返るような謙譲の気持ちに陶酔し、自分自身の楽しみなどは殆ど念頭に置かず、ただ自分にとって何か努力に値する事のみを喜ぶというようになっていた。こうした張り合いの気持ちは、ただ彼だけを一生懸命にさせていた。事実、彼女はそういった事に気が付いている様子もなく、また彼女の為、斯くも一心に努めている彼の為に、または彼故に、何かしてくれようとするでもないように思われた。彼女の飾り気のない心中では、全てが全く自然のままの美しさを保っていた。彼女の徳には、在るが儘に投げ出されていると思われる程の自由さと優雅さが見られるのだった。その子供らしい微笑のお陰で、彼女の重々しい眼差しも愛くるしいものになっていた。クーパーは、サラの実に優しい、また淑やかな、あの物言いたげに上に向けられる眼差しを思い出した。
「"彼女"というのは、サラ・バラデュールの事だ。例外はない」
サラの、例え小さな愛でもこの自分に残して欲しいとクーパーには思われた。一日の終わりに自分に呼び掛ける声、長い孤独を破り、暗い部屋の中で自分を見付け、触れてくれる手が欲しい。落日を滲ませる昼の影に満ちた黄昏に、西空に浮かぶ一つの小さな星が、移り行く影の岸辺から現れるように。自分を窓の傍に近寄らせ、其処に黄昏の中の昼の影を見詰め、待っている時にどうか知らせて欲しい。彼女の小さな愛がやって来るのを。彼はレコードを止めようとしたが、最後に苦痛の述懐を続けた。
「彼女は、未だ私の事を愛してはいないらしい」
恋しさは互いに同じとは言えまい。君は優しい声で悩ましい男を靡かせた。私は美しい君を悲しく慕い続け、君は私の胸にこんな深い傷を負わせた。違っているのは唯一つ、君は愛され、私はそうではない。二人共、同じ調べの中で生きているにも関わらず。君は優しい声で男を靡かせるが、君は私の声が気に入らず、耳を塞いで聞こうとしないのだ──その一節毎に長い沈黙を置くと、クーパーの切なる願いが満たすのであった。だが、彼が以前犇犇と感じていた、砂漠よりも乾涸びていた彼の心は、息を吹き返していた。サラが恋人と別れた事が、特にクーパーには幸福な前兆のように思われたのである。

「以前あるひとから愛する事の重みと責任を学んだ。悲恋の辛さも」
サラ・バラデュールの眼に宿るのは、正に眠りつつ健やかに息衝く宝石の安らぎである──クーパーは今も尚、幸福であった。彼が初めて彼女を見た神聖な瞬間が、縦しんば最後の瞬間であったとしても、彼は幸福であったろう。彼の魂が求めていた唯一のものを、彼は一度見たのだ。星の彼方に遠避け、時の終わりにまで押しやった完成を目の当たりに彼は感じたのだ。最高のものが存在していたのだ。人間の身と具象の世界にそれが存在していたのだ。それが何処にあるか、尋ねる事はもう不要である。それが世の中に存在していたのだ。最愛の母の死より、再び世へ還る事が出来たのだ。今は世の中へ隠されているだけであり、それが何であるかも尋ねるに及ばない。彼はそれを見たのだ。彼はそれを知ったのだ。智の奥底に、孜々汲々の喧噪の中に、過去の小暗い中に、未来の迷宮の中に、墓穴の中に、或いは星の彼方に、至高至善を求めている者のみが知る事が出来る。クーパーはその名を知っていた。一であり且つ全てであるその名は、美である。欲しいと思っていたものが何であるか、彼は未だ知ってはいないが、新しい神性の新しい領域を予感してはいた。そして其処へと急ぎつつ、恰も河流が幾多の河を大海へ導いて行くように、他の人々も捉えては引き連れて行く。そして、サラという女性は、君は私に道を教えたくれた人だ。君と共に私が始まったのだ。君を知らなかった日は、日という言葉に値しない──クーパーの澄んだ声の中に、不意に何かぴりぴりとした、真情の込められた、心に滲み透るようなものが聞き取られた。こんな事は滅多にない事だった。彼は拳銃を構えた。彼女にとって人生は長い苦行であり、それを耐えられるものに出来るのは貴方だけだと言いたげな、少し困った、傷付いたような彼女の表情が想起された。彼女を幸せに出来なかった、彼女の元恋人が直ぐ其処に立っているように、連続で拳銃を発砲した。抜かりはない。天井へと漂う硝煙の匂いが、僅かに彼の血に細波を立てた。「男を飛翔させる女も、力を与える女もいる。だが心を喜びで満たしてくれる女は、一生に一人しかいない」との高尚な言葉が、正にその時、火薬のように愛情を燃え上がらせた。では、サラは一生に一人だ。崇高なる天使、私は彼女の顔を見るのが好きなのだ、あの幻想的な明かりが好きなのだ……。恋の狂気の苦悶は、うら若い魂を、貪欲な悲しみを、波立たせる事を止めなかった。いや、哀れなクーパーは、慰めを知らぬ情熱に一層めらめらと燃え立った。孤独な深い眠りさえ、彼の寝床を去っていた。命の花と蜜、微笑と安らぎ、それら全てが虚ろな音のように掻き消えないように。生まれたばかりの春の日は、このようにして嵐の影を身に纏った。

Lana Del Rey - Million Dollor Man