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Love doth but shine in thee



大抵の人間は、静かな絶望の生活を送っている。所謂諦めとは、絶望の確認に他ならない。人間は絶望の都市を出て、絶望の田舎へ行き、他の種族の勇気に出会って自らを慰める他はない。人類の競技や娯楽の底にも、決まって無意識の絶望が潜んでいる。其処には喜びがない。喜びは仕事の後に訪れる為である。ともあれ、絶望による行動はしないというのが、知恵の一つの特徴である──深みのある緑色の、善良そうな慎ましい眼差し。ケノービはサラの話し振りに傾聴していた。如何にも控えめに、しかも立派な朗らかな態度で終始接しているように感じられた。それに、彼女に絡んで来るパダワン達に対して、分け隔てなく対等に、まるで友人のように話す事が取り分け気に入った。《マスター・ウィンドゥがお呼びです》との呼び声が、全く耳に入らなかったケノービに歩み寄り、再びドロイドは言った。ジェダイ聖堂にて、鍛錬の指導含め、パダワン達の面倒を見るよう呼ばれた。それが彼女だった。ビロードとシルクのブラウスの上に、虹彩と同様の色の外套を羽織った彼女は、大らかで、生命力に満ち溢れ、少しばかり頬を赤く染め、楽しそうだった。この美しい女性、サラの筐底に秘めてある才覚は、無限の空と同様に測り知れないものだろう。ケノービには彼女以外、何一つ目に入らなかった。「ああ」腰に両手を当てたり、外したりしながら彼は言った。「ああ、そうだな」してみると、私は彼女から逃れられないのだ、と彼は思った。彼女の底知れぬ魅力が怖かった為、彼女を見ないようにしていたが、正しくその為に、彼女の容姿の内でちらと目に映ったものが、彼には取り分け魅力的に思われた。それだけではなく、きらりと光った彼女の眼差しから、彼女が彼の姿を目にし、彼が見惚れている事に気付いた事まで分かった。彼は、今更此処で彼女に背を向ける事をするつもりはなかったのだが、ある一人のジェダイが彼女を呼び招き、何やら話しているのを見て、向きを変え、その場を離れた。ケノービは其処を離れて、本来の目的の場所へ戻った。サラを見ない為に立ち去ったのだったが、階段を上がるなり、彼は自分でも何故か分からぬまま、窓に歩み寄り、彼女が表階段の脇にいる間ずっと、窓辺に立って眺め、彼女を見詰め、その姿に酔っていた。
ケノービは何が何やら理解する事が出来なかった為、このような思想を間違った病的な虚偽のものとして追い退けた上、更に他の健全正確な思想に変えようと苦心した。しかし、この思想は──単に思想というばかりでなく、恰も厳然たる事実のように、再び帰って来て、彼の前に立ち塞がるのであった。この彼のように、規律正しく悠然たる人間は、根気よく、長期に渡り自己犠牲の淵に沈湎しているが、孤独を放窓し、その行為に明け暮れている内に──いや、何よりもその自身が生み出す孤独の内に、真実の姿を覗かせるところがあるに違いないのである。話相手を必要とし、人間の心の暖かさを求め、謹厳さで硬直したその胸に、今一つの魂を抱き締めたいと望む瞬間があるものなのである。

ケノービは何処へ行っても、考えだけではなく、サラの面影までが執拗に付き纏い、彼女を忘れていられるのはごく時偶に過ぎなかった。しかし、それだけなら特にどうという事もなかったかも知れない。恐らく彼とてそのような気持ちを克服する事は出来ただろう。だが、何よりいけないのは、これまで彼女に会う事なしに何年も過ごして来たのにも関わらず、今やのべつ彼女の姿が目に入り、出会う事だった。そしてそれは、明らかに彼が自ら彼女の方へ引き摺られて行っていたのであり、その行為を自ら認めないように努めていた。何方も何一つ言った訳ではない為、真っ直ぐ逢引きに赴いたりはせず、専ら偶然に落ち合うよう努力していたのだった。ケノービは開け放たれた窓に近寄った。香わしい靄が柔らかい覆いのように庭園の上に降りていた。近くの樹々はしっとりとした冷気に息付き、星は静かに瞬いていた。 夏の夜は自他共に恍惚とさせていた。 彼は暗い庭を眺めやり、感知したある存在に振り返った。指導の帰途であろうサラの姿があり、それは彼の血に細波を立て始めた。このままあの姿を見なかった事にするべきか否か、彼の心中では既に明瞭に答えが出ていた。しかし、逃れられる筈はなかった。彼は庭園へと降りて行き、辺りの風景の重々しさ、時刻の静けさと厳かさが骨の髄まで染み通ったのも、全て彼女の為と思った程であった。
「美しい夜だ」
「ええ、本当に」
「私の事を覚えているだろうか?──少しでも」
「勿論です。貴方は私の目指す方でしたから」
「君にそう言って貰えるとは……光栄だ」
サラはケノービの正面に立っていた。 星々の響きと共に彼女の顔は美しい表情を帯びた。その深緑の眼差しは、初めゆっくり彷徨っては、彼の上に留まった。彼の心臓が高鳴った。彼女は初めて彼の目元を真面に見たのだった。天候や昼夜の時間に関わりなく、彼は刻一刻を大切に生き、ライトセーバーの持ち手に傷が付く度に、それを記録しておこうと心掛けて来た。彼は過去と未来という、二つの永遠が出会うところ──正に今この瞬間──に立とう、その線上に立とうとした。愛は君の内に輝く。愛ばかりは君の内に。君は、たった今開いた花のような美しさに満ちている。この私までもが、君と近付きになる光栄を求めて訪ねて行くのだ……。サラと通じているのは唯一ケノービ自身の過去であり、過去でのみ彼女を知り、彼女を愛していた。その筈であった。自分の未来に一体何の関わりがあるのか?しかし、その過去と訣別する事が出来ずに、また、過去で見ていた彼女とは異なる、自分の事を愛していない彼女になっていたとしても、彼は彼女の名を捨て切れずにいた。彼の想いはその肉体と同様、何一つ新しいものに衝突する事なしにぐるぐると円を描くのであった。
「パダワン達の技量はどうでした?」
彼等に成長は見られたかも知れないが、ケノービの双眸が終始捉えていたのは、言うまでもなくサラだけであった。その事を承知で彼女は問うて来たのだ。しかし、その深緑の瞳と微笑に現れた抑え切れぬ震えるような輝きは、ぱっと彼の心を燃え立たせた。「君のは非の打ち所がなかったよ」と、歯の間から押し出すように言った。相手のない、自己単独の行動に生きる者は、常に精神上の危機に晒されている。他人を欺く行動自体は、必ずしも苦痛の仕事とは言えない。要するに経験の問題であり、それが職業、専門だと割り切れば済む事であり、大抵の人間に獲得できる能力と言える。そして、例えば詐欺師、俳優、賭博者たちは、時にその演技を離れ、観客の列に潜り込む事も出来る。だが、彼等だけは、そのような救いに心を安らげる訳にいかない。敵は外部にいるだけでなく、自身の心が相手で、まずもってこれと闘わなければならない。いつ襲うかも知れぬ衝動から、身を守ることが大事なのだ。金が手に入ったといって、武器を買うことは厳禁だ。どのように博学であろうと、愚にもつかぬ戯言の他、口にする事を許されない。どれ程に愛情に富む友人であり、恋人であったにしても、常に愛し、信じている相手から、遠退いたところに身を置かなければならない。
「あの星での任務は、無事に完了したのか」
「……私があんな所で見出したものは何だと思います?」
「ははっ、出来れば聞きたくないな」
しかし、自分の青春が空しく過ぎたと思うのは、何と寂しい事だろう。自分が絶えず青春に背いて来たと、また青春に見事一杯食わされたと、自分のより良い望みも新鮮な夢も、秋の木の葉が朽ちるように、みるみる内に朽ち果てたと思うのは。自分の行く手に、ただ鍛錬と死体ばかりが長々と連なっているのを見るのは堪らない。 人生を儀式のように眺め、顰め面らしい人の群れの背後から、世論も情熱も分けて貰えず、とほとぼと歩いて行くのは遣る瀬無い──ケノービはサラの横顔を盗み見た。彼の心にはただ愛の声だけしか聞こえず、この彼女が何処にも行かずに、自分の隣にいるという事実が、酒の酔いのように少しずつ彼の身体を回り始めていた。私はどれ程に君を大切に思っている事だろう。見ていない内に、死んでしまうのを恐れるかのように、彼は懐奥深くに仕舞って置いていた彼女の名を、今ひたと抱き締めた。

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