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Love will stay



二年振りに故郷の土を踏んだ。変わらぬ雑多な里の風景に小雪は静かに息を吐いた。大きな門を潜ると同時に同じ任務に当たっていた仲間たちはそれぞれ人の波に呑まれた。家族や友人、恋人が会いに来ているのだ。この二年、親しい者との連絡を取ることを一切禁じられていた。任務からの帰路での話題といえばそのことだけだった。小雪は小さく笑った。私も早く帰りたいよ、とみんなに合わせた。確かに里には自分を待ってくれている人はいる。だがそれは報告を待つ火影様や関係者などである。上忍としての自分を待っているに過ぎない。だが小雪はこの命懸けの任務、終わりの見えない任務が決して嫌いではない。任務に出向くとき、別れを惜しむ人もいなければ、悲しんでくれる人も自分にはいない。逆に言えばこの里にいるときほど自分が独りだということを思い知らされる。だから任務中が、気が張っているときが一番、考えなくていいものを考えずに済む。誰かが待っているから死ねない。仲間がそう言う度に小雪はどうにかして里に帰らせてあげたいと思うのだ。自分が代わりに死にに行ってあげるから、あなたは生きて。だが皮肉なことにまだ自分は生きている。この命はいつまで保つのだろうか。小雪は足を早めた。門の傍では暖かい抱擁や優しい言葉が飛び交っている。自分など場違いである。一秒でも早くアパートに戻りたい。お腹は酷く空いていたが、今はただ眠りたい。
アパートの汚れた階段を上りきり、ポケットからドアの鍵を取り出していると人の気配を感じた。頭を上げて見てみるとそこにいたのは中忍のうみのイルカだった。ぎこちない小さな笑顔を浮かべて、小雪、と彼は自分の名前を呼んだ。このアパートに住んでいる誰かに用があるのではなく、正しく自分に用があるのだと小雪はぼんやり思った。
「入る?」
小雪は言った。するとイルカは首を横に振った。長話ではないらしい。だが様子からしてさっき来たという訳でもなさそうだった。随分前に来て、自分が帰って来るまで待っていたのだろう。そこまでする必要があったということは相当大事なことなのだろうか。だが彼は何処か落ち着きがない。普段の彼──二年前の彼──もそうだったろうか。小雪は特別イルカと仲がいい訳ではない。上忍と中忍では関わることも少ない。歳は近いのだろうが、どちらが歳上なのかも知らない。だがイルカは自分を見つけると何かしら話しかけて来たように思う。内容はとても些細なことなのだが、彼はこの里の誰よりも温和でお人好しであることを小雪は知っている。評判がいいからだ。そういえば二年前、彼に任務が終わる時期を聞かれたのだ。内容ではなく期間を。何故そんなことを聞くのかと思ったが、小雪はなにも言わなかった。二年後、と言うと彼はそうか、と言っただけだった。
「無事でよかった」
狭い通路に大人二人。イルカは半歩、小雪に近寄った。そして震えた声で情けなくそう吐き出した。震えたのは声だけではなく手もそうで、イルカは身体の前で手を組んだ。揺れることを一切知らない彼女の瞳がイルカの一つ一つの動作を見ている。イルカは何度も視線を逸らしたり合わせたりした。なにも言わない彼女に一人で勝手に気まずくなり、イルカは咄嗟に次の言葉を言った。
「怪我とか、ないか?」
こちらに歩いて来る小雪を上から見たところ、大きな負傷は見当たらなかった。無表情で、俯きながらただ足を進める彼女の姿が二年前に別れた彼女と同じだった。実力も自信もあるのに俯くのだ。そしていつも一人でいる。仲間と楽しそうに話をしていても、彼女は何処か上の空でいる。なにを考えているのか、なにを思って生きているのか分からない。彼女は自分のことを話さないのだ。イルカはそんな彼女をいつも遠くから見ていた。心に影が見える彼女にイルカは近づきたかった。そして今回の任務のことを噂で聞いた。少数の上忍での長期戦。イルカは小雪にそれとなく切り出した。だが彼女は淡々としていて、もしかすると彼女はこんな命懸けの仕事を嫌いではないのかも知れないとイルカは思った。無事でこの里に帰って来てくれ、待ってるから。そう頭で練習した言葉は虚しくも彼女には届かず、そのまま別れた。救いようのない根性なしというレッテルを再度貼る。彼女はこれから死にに行くようなものなのに、俺はそんな言葉も言えずにいる。もしかするとその言葉で、彼女を思い止まらせることが出来るかも知れないのに。イルカはただ彼女を想い、彼女の無事を祈った二年だった。そんな二年は長すぎた。
「小雪は凄いな、本当に尊敬するよ。俺には到底出来っこない」
小雪は俯いた。そんなことを言って欲しい訳じゃない。そんなことを言われたいが為に上忍になった訳じゃない。イルカは彼女の伏せられた瞼を見ながら、袖から出ている青白い細い指に自分の無骨な指を絡めた。自分の持つ熱が伝わり、氷のように冷たい体温が温かくなっていくのを感じた。小雪はイルカの足元を見ていたが、堅く下唇を噛んでいた。イルカは思わず空いている片方の手で小雪の頭を自分の胸に寄せた。君がなにを思っているのかは俺には分からない。だが今こうすることを許してくれ。イルカは小雪の細い髪に指を通し、彼女の香りを肺いっぱいに入れた。
「ずっと待ってたんだ。お帰り」
小雪の見開かれた瞳から涙が零れ落ちた。微かに肩を震わせている小雪をただイルカは抱きしめた。

Kindness - Anyone Can Fall In Love