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Through gleams of watered light



見よ、肉体と魂と……この国土を、尖塔立ち並ぶ我々の首都と煌めいて急ぐ潮、そして船を、変化多く広大な国土、日光の当たる南部と北部を、岸と奔流する河、そして、草木と花々に覆われ、常に遥かに伸び広がって行く大草原を。これ程にも平静で高邁な、優秀至極の太陽を、たった今感じたばかりの微風を伴う藍色の、また菫色の朝を、柔和で優しく生まれ出る、測り知れない光を、広がって全てを浸してしまう奇跡を、真昼となる正午を、甘美な近付く夕暮れを、歓迎の夜を、そして我々の都市達の上、全てを照らし、生ける者と国土を覆っている星々を──一体、何という事であろう。未だパダワンであったサラとの別離後、ケノービは我と我が身にとある疑問を投げ掛け、それが永久に解けないままとなっていたのである。つまり、本当にあの女性を愛していたのか、それとも唯の迷い事に過ぎなかったのかという疑問である。それも、軽薄さや新たに始まった色恋沙汰の所為などで、この疑問が生まれたなどという事では全くない。兎に角、当座の二ヵ月というもの、彼は何やら落ち着きがなく、いつも通りに社会に出入りし、何百という異性に会っていたものの、恐らくその一人として彼の目に留まる事はなかった。それどころか、今再び彼女との思い出の地へ出掛けて行けば、これだけの問題が心中にて起こっているにも関わらず、またあの女性の悩ましい魅惑の虜になるだろうという事を、ちゃんと知り抜いていたのである。
ケノービが屋上へ出た頃には、空はもう粗方澄み返っていた。そして、其処からは清々しさと静けさとが、つまり、人間の心が密かな共鳴と漠とした希望との甘い疲労を誘われるあの物柔らかな、 幸福に満ちた静けさが漂って来ていた。その時、遠い記憶の中でのみ存在する凡ゆるサラの姿が、夢見る男の目にただ一つの姿と映った。彼の耳は、既に近付いて来ている轟音を捉えていた。「到着されました」と警備隊が報告した。ケノービは空の遥か遠くへ目をやった。小さな宇宙船が見えて来た。その中に深緑色の外套と、懐かしい顔がちらと見え……ただ一人、ケノービの持つ天色の瞳に溶け入った。もし彼が未熟なパダワンであったなら、「サラ!サラ!」と叫んで、両腕を振りながら駆け出し、力強い抱擁の一つ、将又彼の唇は、あのふっくらとした頬に押し付けられていたかも知れなかった。しかし、彼は自分がどのような子供であったのか、上手く思い出す事が出来ずにいた。オビ=ワン・ケノービは、礼儀正しい、淑やかな物腰で軽く会釈し、並々ならぬ謙虚さと丁寧さを装いつつ、いつの間にか、目が覚める程の美しさを纏っている彼女に対する尋常ならざる驚きを、顔の表情や身体の動き全体で焦って隠そうとしていた。
幼い頃、サラはケノービと出会った時から、ある悪戯に掛かり切っていた。彼が自分を見るとどぎまぎし、見まいと努めている事に気付いており、それが酷く面白くなっていたのである。彼女はまじまじと相手の視線を待ち、捉えようとした。執拗に注がれている眼差しに堪え切れなくなり、彼が時折、抗し切れない力に負けて心ならずも自分から彼女をひょいと眺めやると、彼女は勝ち誇ったような微笑を真っ直ぐ彼の目に送るのだった。途端、彼は一層腹立たしい思いを味わった。遂にはすっかり顔を背け、師の背後に隠れてしまった。だが、二、三分するとまた、例の抗し難い力に引き摺られ、自分を見ているか否かを確かめようと振り返る。すると、サラが横からケノービの方を覗き込み、彼が振り向いてくれるのを一心に待ち受けている姿を見出す。彼の視線を捉えると、彼女は師さえ堪え切れなくなった程、大きな声で笑い崩れたのだった。しかし、厳格な騎士の掟が齎す現実が、成長し行く二人の眼前に現れ始めた。見知らぬ人が通りすがりに彼女と出会い、彼女に安易に話し掛ける事は出来ても、騎士はそれではない。彼はある曜日の度毎に密かに手紙を書いた。殆どの日々は師と過ごしていた為、その時ばかりは彼女の事を想いながら過ごす事が出来た。そして彼は、気に入った本の中に、彼女が其処に見出すであろう興味を主にして、自分の興味をそれに従わせながら、彼女に読ませたいと思う言葉を書き付けた。サラからの最後の手紙の、最後の一文は、宝石細工のような文字で、『貴方と一緒に読み返しているような気持ちになっています』──この全きの幸福の記憶から一転、次に思い出されるのは、師に従って別の星へ行ってしまう別離の記憶であった。『君、怒らんでくれよ。全くのところ、あの子は君の事を揶揄っているんだよ。歳は君の方が上なのに、君もあれの事を怒ったりしないでくれよ。しかし、それは確かにそうなんだよ。悪く思わないでくれたまえ。あれはただもう退屈紛れに、君や私達を揶揄っているんだからね。では、失礼!君は私達の気持ちを分かっているだろうね?君に対する私達の本当の気持ちを!それはもうどのような事があっても、どのような場合にでも永久に変わる事はないよ。ところで、私達はある星へ寄って行かなきゃならん。本当に、あれ程に居心地の悪い星は滅多にないよ……楽じゃないね、この定めも!』
嘗ての想い人が眼前に──ケノービは心の奥深くで、この瞬間を待ち侘びていたのかも知れなかった。自覚する事なしに、サラの名を大切に仕舞って置いたのだ。彼が幾度身体を打たれようとも、地から膝を上げ続けたのは、正にこの瞬間の為だったのかも知れなかった。何百という異性に会っていたものの、恐らくその一人として彼の目に留まらなかった訳を、彼はたった今、ふと考え始めた。それはとても不可思議な事であり、念頭で数学の如く理解する事は難しかった。たった今、私の中に何らかの感情が始まる筈なのだろう……それは一体どのような感情なのか。一致の、余りにも遠い昔の一致の感情。このような忘却からこそ時は軈て……。再会時のサラの顔に浮かんでいたのは、素晴らしく穏やかな安らぎの表情で、この世の全ての嵐は一人彼女だけを避けて通り過ぎて行ったかのように思えた。ケノービが挨拶をすると、彼女はこっくりと頷いて見せた。彼は何故だか心中を透かされた気分になった──嘗ての想い人は、彼の願いを、例え最後の願いであっても叶えてはくれそうになかった。彼はもう随分と前から、彼女に関する噂を進んで聞いていたが、彼女の方は自分の名を別の星で聞いていたかは定かでない。
ケノービは如何にも真っ青と言っても良い面持ちで、円テーブルの前に座っていた。そして、どうやら彼は並々ならぬ恐怖と、それと同時に、時折自分にさえ訳の分からぬ、あの胸の詰まるような歓喜の情に浸っているようであった。彼は自分にとって馴染み深い二つの瞳が、昔のようにじっと瞬きもせずに自分の方を見詰めているかも知れないサラに視線をやるのを、どれ程に恐れた事だろう。だが、それと同時に、再びこうして人々の間に座り、聞き慣れていない彼女の声を耳にする事が出来たという幸福感に、どれ程に胸を痺れさせた事だろう。彼女は今にも何か言い出すに違いない、と思いながら、彼自身は一言も発する事をせず、他の口が放つお喋りを聞いていた。ケノービがこのように興奮し、満足な心持ちになる事は当然珍しい事であった。彼はその話をずっと聞いていたが、長い間、一言も分からなかった。自身の師の言葉がふと思い浮かんだ。『人生を愛するが良い。しかし、愛し過ぎてはいけない。ただ、人生そのものの為に愛するのだ。しかし、いつでも人生の中にある良いものの為にのみ愛さなくてはならぬ』──では、彼女は……?
自室へと辞したケノービは、サラの事が未だ頭に浮かぶ程、悠々としていたが、実は悔しさと後悔で胸が疼いていた。それに、今日一日を通して、楽しく過ごしたように見えはするものの、憂鬱な思いは一向に消える事はなかった。別離後のあの心苦しさとは異なるものからどう逃れたものか、分からずにいた。彼女の瞳からは、何も読み取る事は出来なかった。ほんの喜び、ほんの微笑を見せてくれさえすれば、それで良かったのだ。彼は我と我が身を責め始めたが、直ぐにそうした考えも打ち切った。大体、泣き言を言うこと自体、自分を卑しめるように思えたのだ。一層の事、誰かに向かって腹を立てる方が遥かに好ましかった。「馬鹿者が」と、彼は声に出して呟いた。

Alicia Keys - Un-thinkable(I’m Ready)