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Cruel



*ヤマト暗部時代(テンゾウ)

「休みの日は何してるとか、好きな食べ物とか何でも良いの。貴女は彼と付き合いが長いから、一つぐらい何かない?特に過去の女性遍歴とかさ」
「ごめん、全く分からない」
「もしかして、テンゾウっていう名前の由来も知らないの?」
小雪の友人は、テンゾウと一層の親交を交えたいと望んでいた。テンゾウと小雪──この二人は一見すると波と岩、詩と散文、水と炎ほどに気質を異にしているように思われたが、案外ぴったりと気が合った。最初二人は、余りの気質の相異から互いに退屈な気がしたが、程なく相手が気に入り、それからは毎日共に鍛錬し、軈て任務に於いては離れ難い同志となった。このように人々はまず懺悔するが、退屈凌ぎに親友になる。しかし、今日の我々の間にはそういった友情は見られない。凡ゆる偏見を打破しながら、我々は他人を全てゼロと考え、自分だけが価値のある単位だと思っている。誰も彼もが英雄や賢人を気取り、数百万もの二足獣を道具に過ぎぬと見縊っている。 他人の感情など知ろうとはしない。そういった多くの連中に比べれば、テンゾウという人間は、彼女の眼には異質に見えた。勿論、彼は世間の人々を知り尽くし、概して彼等を軽蔑してはいたものの、例外のない規則は有り得ぬ譬え、時には他人に好意を抱き、他所ながら他人の気持ちを尊重してもいた。小雪は彼の暗部らしからぬその性質に、内に純良の金を秘める男だと思った。その印象は今も変わらず彼女の内にあり、そして自分とは到底似ても似つかぬ部分であると承知していた。その為に当然、彼女はそんな彼に夢中になった友人を理解したし、また、友人にも彼に通じる部分を捉えていた為、何の不思議もなかった。
「任務先で出会った知らない子から勝手に呼ばれたんだよ。彼はそれを使ってるの」
他国で惨殺された名もなき忍達、深淵なる孤独への追放、時間だけが飛ぶように過ぎ去り、溌剌とした若さが指の間から擦り抜け、どれ程に努力をしても挫折ばかりの日々。身をひしひしと押し包む索漠感。愛し、楽しみ、笑う能力の減退。生きる指針にしている事柄のとめどない腐食。無言の献身の名の下に、自らに課して来た制止と抑制。任務と、欺瞞と、戯言があるばかり。良心もなければ意義もない。小雪が生きている世界は正にそのようなものであった。しかし、平凡な名前以外には全く何も知らなかった、あの心の広い未知の男の、仮初に言った言葉や眼差しは、彼の吐息によって崇高なものとなり、上に立つ者達の道理を尽くした、凡ゆる倫理以上に彼女の心を動かした。その事は事実であった。彼女はテンゾウの言葉に引き比べて、幾度も自分の狭量を恥じた事がある。矛盾が、洪水のように彼女を襲った。そんな事、彼は一言も私に言わなかった。そういえば、彼が大蛇丸の実験体だったという過去しか知らない。彼が木遁遣いである事以外、何も知らない。私は、彼の一番近くにいるのに。無知な女は、夢見る友人の美しい眼差しを浴びながら、一言も発する事をせずに、開け放たれた窓に近寄った。香わしい靄が柔らかい覆いのように里の上に降りていた。近くの樹々はしっとりとした冷気に息衝き、星は静かに瞬いていた。 この季節の夜は自他ともに恍惚とさせていた。 小雪は暗い里を眺めやって振り返った。

四月は、もう生暖かい微風が青く瑞々しい空に吹いていた。風は花の香を運んで、郊外のずっと遠くの方からもそれが漂って来た。街々の朝の物音は普段より一層生き生きと楽しげに聞こえた。一週間にも及んだ任務の暗黙の懸念から解放されて、この里中、この日は凡そ一陽来復の一日のように小雪には思われた。久々に晴れた気分で、上忍の待機所に足を踏み入れると、向こうから友人が駆け寄って来た。小雪はその顔を一瞥した。美しいと思っていた眼差しはすっかり翳っており、僅かに混乱した。テンゾウに何かされたのであろうか?いや、そんな事は絶対に有り得ない。彼は世にも珍しい、自分というものを弁えた人であるし、出す言葉の一つでさえ考えるような人である。彼に限ってそんな事は……。
「彼、好きな人がいるんだって!」
はっと我に返った小雪の脳裏に、一人の人間が明瞭に浮かび上がった。蒼褪めた顔、気のない笑顔、自分の声を押さえ付けて話す素振り。凡ゆる事、特に他人から逃れようとして自ら孤独を作っている人間、仲間の事を何一つ知らない人間、内に秘める純良の金以外の事に気も留めなかった人間──それからの友人の話は、極めて単純なものであった。でも彼が好き。彼と一緒になりたい。好きな人がいると言われても、私は彼が好き──しかし、世間誰でもそういうものなのである。結婚する。未だ多少は愛したりも出来る。そして働く。働いて働いて、その挙げ句愛する事も忘れてしまうのである。疲労も手伝い、我々はつい自分に気を許すようになり、益々黙りがちになり、相手の、自分は愛されていると思う気持ちを支えようとはしなくなる。命を削り働く二人、徐々に塞がれて行く未来、夕方食卓を取り巻く沈黙──このような世界に、情熱の入り込む余地はないのである。この友人が言い放った"一緒になる"という事は、小雪にとってはこういうものでしかなかった。人間誰しも長い間、自分でも知らずに苦しんでいる事があるものだ。
「小雪、この事は知ってた?」
『僕はね、君と一緒にいると、死ぬ事よりも生きる事についてよく考えるんだ。自分はどうやって死ぬんだろうとか、次の任務までに自分は死んでるかも知れないとか、昔はよく考えてたんだよ』
「──知らなかった」
小雪のよく知るテンゾウは里ではなく山を好み、台座の一つの下に設けられた大きな石のベンチに座っている姿が容易に思い浮かんだ。彼は爽やかな空気と涼しい陰の中で、本を読んだり、考え事をしたり、完全な静寂の感触に浸ったりしていた。それは、自分達の周囲や、自分達の内部に絶えず揺れ動いている広い生命の波を、殆ど無意識に、黙って密かに見守っているような、何とも言えぬ良い気持ちで、恐らく誰もが味わった事があるに違いない──友人へ吐いた嘘と共に、その彼が待機所に姿を現した。すると忽ち、感激の微笑が彼の幅広い唇を押し広げて、もうそれは唇から消える事はなかった。その様子が、何かしら永遠に若々しい力と喜びを呼吸しているように小雪には思われた。テンゾウは周囲の人々から愛されている。それは確かな事だ。彼女はそう思って、まるで自分の事のように感じて幸せな気持ちでいた。信じて疑わぬ者は、百倍も幸福である。宿を見付けて酒に酔う旅人のように、もっと優美な例えで言えば、春の野花に夢中で吸い寄る蝶のように、冷ややかな理性を打ち退けて、心からの逸楽に憩う者は幸福である。それに引き換え、全てを予見し、常に冷ややかな頭脳を持ち、一切の動き、一切の言葉を自分なりに翻訳して憎悪し、体験によって心を冷まされ、また忘我の境に入るのを禁じられた者は惨めである。小雪は友人がヤマトに近寄るのを見ると、そっとその場を辞した。