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My soul is dark



「こうやって二人で組むの、久し振りだね」
「うん、確かに」
「どう?正規部隊は」
「色々と大変だよ。暗部の時とはまた違った大変さだね」
「でも、ヤマトはこっちの方が向いてると思うよ」
「そうかな。何でそう思うんだい?」
任務の為に里を離れていたヤマトは、もう一ヶ月以上も小雪に会っていなかった。里に帰還してから、ずっと彼は彼女を訪ねるつもりでいたが、何か神秘的な予感といったものに引き止められてしまっていたのである。少なくとも、彼には近い内に起こるであろう彼女との再会の印象がどんなものになるか、何としても想像する事が出来なかった。彼は恐怖の念を僅かに覚えながらも、時折その場の情景を心に描いてみようと努めてみたが、ただ一つはっきりしていた事は、その再会が重苦しいものであろうという事であった。特に、ヤマトはこの空白の間に、自分が初めて小雪の顔写真を見た時、その顔から引き起こされたあの最初の感銘を幾度となく思い浮かべていた。しかも、その写真から受けた感銘の中にさえ、余りにも多くの重苦しさがあった事を改めて思い起こしていたのであった。殆ど毎日のように彼女に会っていた日々が、彼の心に余りにも恐ろしい作用を及ぼしていた為、その頃の単なる追憶すらなるべく忘れようとしていた。この女性の顔そのものには、常に彼にとって何か悩ましいものが隠されていた。彼はその印象を限りない憐憫の情として納得していたが、それは事実、その通りであった。
ヤマトの心に激しい憐憫の苦痛を呼び起こした美しい顔。この憐憫の情と相手に対する苦痛の感銘とも言えるものは、今まで一度も彼の心を離れた事がなかった。いや、今でも離れていない。それどころか、却ってその激しさを増しているのであった。しかし、彼は自分自身に言って聞かせただけの説明だけでは、未だ不満足であった。ところが、小雪がこうして姿を現した一瞬、恐らく一種の直感によってでもあろう、彼は自分自身に話した自分の言葉に何が不足していたかを悟ったのである。この恐怖の念を言い表す事は、叶わぬ恋をする人間にとっても非常に難しい。恐怖──ヤマトは今やこの瞬間にそれを完全に直感したのである。恋が叶うとも叶うまいと、果たして自分は幸福になれるのだろうか?自分の幸福とは彼女の幸福であり、また彼女の周囲にいる人々の幸福である。ただ、確実に言える事は、彼女なしでは自分は一つの人間として成り立たなくなるという事である。一人の女性をこの世の何ものよりも深く愛し、或いはそのような愛の可能性を心に描いている男は、忽ち一切を失うという事ではないのか。
「だって、ヤマトのお茶目さとか見た事なかったから。ナルト君達といて、のびのびしてるよ」
「まあ、楽しくはやってるかもね──君はどうなの?」
「私は相変わらず裏の任務だよ」
「いや、任務の事じゃなくて、」
するとその時……ヤマトは未だに忘れる事が出来ない、小雪と出会った頃の、怪しくも美しかった光景を思い出した。もう随分と昔の事だが、こうして彼女を眼前に捉えると、その夢のような彩りがまざまざと浮かんで来るのであった──僕は君にどれだけ心を開かせられたか、ちゃんと知っているよ。君という人を知ってから、僕は第一に自分自身をよく知るようになり、そして君を愛するようになったんだから。いや、君に会うまでは僕は独りぼっちで、眠っていたも同然だ。この世に生きていなかったも同然だ。何しろ、あの悪人共は僕を実験の材料にし、本来僕が持っていたものを何もかも奪ったから、僕は我ながらそんな自分が嫌になっていた。また、ある連中が僕を除け者だと言い触らした事もあって、僕も本気で自分は除け者なんだと思い込んでいた。ところが、君が僕の前に姿を現して、あの暗い生活を明るく照らしてくれた。すると、僕の心も魂もぱっと明るくなって、僕は心の落ち着きを取り戻し、自分だって何も他の人に劣らないんだと悟った。勿論、僕には煌びやかなところもないし、人を魅了出来るところもないし、大した品もないが、それでもやっぱり自分は一人の人間だ、心と頭を具えた人間だと悟ったんだ。ところが今度は、暫く君から離れている内に、自分は運命に追い立てられ、生まれながらにして虐げられた人間だと感じながら、すっかり自分の価値を否定するようになっていた矢先……あの不幸が起こったから、僕はすっかり弱って気が挫けてしまったんだ。ガイさんと一緒にいる君を見てから。あの日、家に帰ってからやっともう一度考えてみた。でも、自分の全体の調子が不自然なものに思えた。怒り狂った嫉妬の獣が檻の中で吠えはじり、飛び出ようとしていたけど、僕はこの獣を何よりも恐れていたから、急いで檻の戸を固く閉ざしたんだ。実に嫌な感情だね、この嫉妬っていう奴は。僕は何度も自分自身に言って聞かせた。
「付き合ってるんだね、ガイさんと」
ヤマトは心臓が破れる音を聞いた。今まで懐奥深くに大切にしまって置いた思い出や言葉などが、小雪の手によって壊されてしまう前に、彼は自分でそれらを壊したのだった──正しく彼女は彼に力を与えた。その時までとは違った人間にした。長年の内に、異性は彼に優しく、無遠慮に、或いは見るからに幻滅して、男性としての魅力がないと宣告して来た。気ままに与える事も受け取る事も出来ない、下手だ、遠慮をしている、本当の意志が感じられない、と。だが、小雪は殆ど言葉を交わしもしない内に、全て知っていた。ただ擦れ違っただけでそれを知り、知りながら彼を導き、許し、自分を彼に合わせて包み込んだ。そうして二人は昔馴染みの友となり、注意深い仲間となり、遂には勝ち誇った忍となって、二人の人生を左右しそうな全てのものから解放された気がした。僕は君を愛している。本気だ。ずっと前から本気だった。僕ほど、君に優しくしている男は他にいないよ。里に戻ったら、小雪にそう言おうと何度思った事か。彼女にそう言った事を、五代目にも話す。自分はもう働き過ぎるほど働いた、彼女と結婚して、彼女の失われた幸福を取り戻す為に精一杯闘う、それで暗部を辞めなければならないのなら辞めるつもりだ、と五代目に伝える。あくまで信念を守る。綱手様の力技の説得を以てしても翻意させる事は出来ない。
ただ、周囲には我々の物思いがあるばかりだ。白い月光を浴びる森林に何が見えるか。常に希望を胸に抱く子ども達のように優しい、小さな夢があるばかりである。面影、次から次へと現れる死んだ者の面影ばかりが、月光の中に盛り上がって、地平線の向こうまで高まり、これを作った風の手そのままに様々な形を取っている。これらの葉の全ての数より多い死者、此処に何が見えるというのか。生徒がクナイをぶつける事の外に、孤児が叫び求めるもの、忍達が敵地に突っ込み、陽の中に頭蓋骨を残してまで得ようとするものの他に、一体何が見えるというのか。名も定かでない我々は独り寂しく死んで行く。運良く遺体を回収されても、周囲が聞くのは訃報だけ。建てられぬ墓には花々が咲いて風に揺れ、また、名を刻まれた忍の墓の上にも、花が咲いて風に揺れる。花々と風、死者達の墓の上に揺れる花々、紅い花弁、白い条、たわみ垂れる紫の塊。素晴らしい死の忘れ方を知っている色取り取りの仮面。君は僕に心というものをくれた。生の概念に変化を齎し、僕の念頭から死というものを遠去けてくれた。なのに、君がそれを破くの?ヤマトはこの言葉で微笑した。悲しみは近くにあったのだが。
「うん。でも、忙しくて余り会えないけど」
「それは、寂しいね」
「仕方ないかな。我儘言っても駄目だし」
「幸せなんだね」
つまりこの瞬間に、里の大門を潜り抜けて行く暗夜の中で、ヤマトは軈て、過去に自分自身にも言ったように、自分と小雪とを隔てる壁に何処か出口を見付けようと全力を傾けていた為に、ずっとこの期間中、ある意味で彼女の事を、本当の彼女というものを忘れていた、という事に気が付いたのであった。しかし、同時にまたこの瞬間に、全ての道がまたもう一度塞がれてしまってみると、またしても自分の願望の中心に彼女の姿が見出され、しかもそれが実に突如たる苦痛の激発を伴ってやって来た為に、彼は彼女と駆け出しながらこの無残な痛みから逃れようとしたのであったが、しかしその痛みは何処までも彼に付いて来て、彼の顧韻を締め付けたのであった。彼女は遂に見付けたのだ、自分の愛を。
「良いんだ、僕は、君が幸せなら」
君が幸せなら僕も幸せだから──でも、僕はこれから誰を「大切な人」と呼んだら良いのか?誰をこんなにも優しい名前で呼び掛けたものか?僕の天使、これから先、僕は何処へ行って君を探したら良いのか?小雪、僕は死んでしまう、必ず、死んでしまう。僕の心はこんな不幸には堪えられないよ。僕は君を天の光のように愛していた、血を分けた姉弟のように愛していた、君という人を何から何まで愛していた。そして、僕は君一人の為に生きて来たんだよ。僕が仕事をしたのも、書類を書いたのも、吐血する程に駆けずり回ったのも、そして友情に溢れた関係という形式で僕の印象を残したのも、それもこれも皆君が此処に、目の前に、直ぐ其処にいてくれたからなんだ。君はそんな事を知らなかったかも知れないが、皆その通りだった。僕の愛する人、一つ考えてみて欲しい。君が僕の許を離れて行ってしまうなんて、そんな事が果して出来るものだろうか?僕の愛する人、いや、君はとても出来ない、そんな事は不可能だ、何としても絶対に不可能だ!ヤマトは自分の心中に湧き上がって来る想いを、すっかり吐き出してしまおうと焦りながら、尚も言葉を続けようとした。良いんだ、僕は、君が幸せなら。彼は答えた。そして、例えこの場で直ぐ永遠の地獄へ落とされようとも、自分はその嘘を言っただろうと思った。