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When twofold silence was the song of love



静かな夏の昼の事であった。太陽は澄み切った空にもうかなり高く昇っていたが、野は未だ露に煌めき、漸く目覚めたばかりの谷間からは芳しい涼気が漂って来ており、また、未だしっとりと濡れて騒めきもしない森では、早起きの小鳥が楽しげに歌っていた。気怠げな銀髪の先輩を隣に、ヤマトはポツポツと言葉を交わしながら、自然の恵み溢れる木の葉の通りを歩いていた──するとその時、彼の穏やかな目付きの中にきらりと光が走った。大きな黒色の目が、ある人物を捉えた為である。小雪、と彼は無言で呼び掛けた。ヤマトと小雪、この二人は互いに親しい口の利き方をする間柄だった。根に所属していた二人は、よく一緒に任務をこなしており、性格も合う事から長い間話し込む機会もあり、時には互いの胸の内に忘れる事の出来ない感銘を残した事もあった程である。目を閉じると、いつも彼女が思い出された。大きな月が昇った夜の森で、大樹に凭れ掛かっていた彼女が。今、どうしている事かと、時折彼が漠然と考えていた彼女が、其処にはいた。小雪の微笑は、ヤマトのありと凡ゆる煩いを慰め、彼の苦労を百倍にもして償った。あの彫刻のような美しい顔に浮かんだ微笑は、他のどの人の微笑よりも、彼の胸を清らかな歓喜で満たしてくれたのだった。日増しに美しくなっていく彼女。正しくその存在は彼の心に光を差した。愛する人が、木の葉越しでも目も眩むばかりの輝きを放つ太陽の下に姿を現す時ほど、美しく見える事はない。彼女を永遠にするのはこの光だ。凡ゆる偶然は除き去られ、存在が愛の只中に身を置いている。周りのこの空間と共に、愛する人は存在を我が物とする事が出来る。僕には厭わしい姿の出現を阻止する術もなければ、美しい星の運行を左右する力もない。眼前に散けない力が生じる時、それは僕の心臓に押し入って痛みを与え、僕の繊維の一つ一つに伸し掛かる。僕はこの力から逃れられない──逃れようとも思わない。小雪、とヤマトはもう一度無言で呼び掛けた。僕の愛する人、僕の想い人。だが、どうやら彼女は一人ではなかった。明るい照り返しが輪を描きながら彷徨っている。誰もが自分は独りだと思っているが、誰もが他人の内に自分を感じ、見出している。軽い灯火の間を揺らめくように、彼女と誰かの顔の間を仄かな笑いが行き交っていた。その誰かとは、マイト・ガイであった。今日も木の葉色のスーツを身に纏っており、白い歯を覗かせ、豪快に笑い声を上げているかと思えば……風貌はいつも通りであったが、傍にいる小雪を見やる眼差しが少し違っていた。ヤマトはぎくりと身を震わせた。心臓が凍て付く思いだった。しかし、彼は驚きながらも彼女の姿を見詰めていた。この彼女がもう疾うに一人前の女性になっていたことに気付いて、妙な気持ちがしたのだった。 ガイは小雪よりも先にカカシとヤマトの存在に気が付き、手を振って呼び止めた。
「今から昼飯を食いに行くんだが、一緒にどうだ?」
「おっ良いね。俺は蕎麦の気分」
「カカシよ、なァにを言ってる、カレーだろう!こんなにも晴れ渡った気持ちの良い正午だぞ?なっ、小雪」
「私はお寿司かな」
「意見が全然合わないじゃないのよ」
「じゃんけんしよっか」
「小雪、良いのか?俺は強いぞ!」
根という組織の間、特に同じ任務に就き、同じ死体を注視する人間の間には一種の情誼が通う。いつでも仲間を見捨てる事の出来るよう訓練されているにも関わらず、正規部隊よりも根という組織を信頼し、それを構成している、殆ど素性の知れない仲間を信頼している。それは、この里を根から支えるという大義のみで繋がっており、それを達成する為ならば、我々は故郷である木の葉に墓を建てられずとも、その墓に自身の名が刻まれずとも本望、という情誼である。他の誰よりも小雪に近く、また親しかったヤマトは、その情誼を正に彼女とのみ通じていたように思っていた。血と涙の試練を乗り越え、また苦衷の生と微睡の死に惑わされず、いつも二人でこの里に帰還した。だが、其処に居場所はなかった。帰還した里、頭上の光を存分に浴び、笑顔と喧嘩が絶える事のない、つい先程まで我々を殺しに掛かった世界を知らずにいる里に、二人の居場所はなかった。任務で幾度となく明かした朝も夜も、その一切が、この里では無に帰する。小雪はヤマトの知る小雪ではなくなる。彼は任務外で彼女の姿を見た事など、たった一度もなかったのだ。仲は良かったが、何処かで落ち合うという事はなかった。このガイのように……。僕が心を、一欠片どころか全ての心を、他ならぬ彼女に捧げて来た事を分かって貰えたならなあ。『夜』だって『叡聖なる死』だって、彼女の為に覚悟した。彼女がこの事を知る日は永遠に来ないにせよだ。
「すみませんが、僕は任務の準備があるので、またの機会に」
「そうかそうか!任務頑張れよ!」
「またね、ヤマト」
ヤマトは歯の間から押し出すように切り出し、まるで独り言のように言った。顔は如何にも気のなさそうな冷たい表情となり、まるで雲の上へでも逃避してしまったかのようであった。後輩のその一切の感情を看取したカカシは、他の二人が自分と同じように勘付いたかまでは分からなかった。実際、ヤマトは自分がこの関係を理解出来ていない事を感じ、この恋敵であるガイに対してどのような感情を持つべきであるかを、自分ではっきりさせようと努めながらも、それが出来ないでいるのであった。ヤマトは小雪を自分のものだと考えていた為、彼女を失うという事は彼にとってとても辛い事なのであった──彼女が心を許すなんて。ガイさんは凄い人だけど、彼女の心に適うなんて。彼女の事を一番に知っているのは僕だと思っていたのに。あの二人、いつの間に何があったんだろう?僕、あんなに楽しそうに笑う小雪を見た事がない。
ヤマトがこんな事を考えたのは、夏の園の木陰のベンチの傍を通った時であった。公園には人気があったが、何かしら暗い影がちらっと緩やかに傾き行く太陽を掠めた。蒸し暑く、微かに雷雨の前触れを思わせる何ものかがあった。今のように瞑想的な気分にいる彼にとっては、それは快い一種の誘惑となった。彼は目に映る凡ゆる事物に対して、思い出を感じ、理性を働かせてそれに溶け込んで行ったが、これがとても好ましかった。彼は何かしら目前に差し迫った現実を忘れたい気がしたが、辺りを見回す度に、何としても逃れたいと思っているあの暗い想いに、直ぐまた取り憑かれるのであった。任務の準備という口実で一人切りになった事に安堵しながら、ヤマトは坂を下りて往来を横切り、家へと続く細道へ入って行った。彼はどのように第一歩を踏み出すべきかをよく考え、決断を下したかったのである。しかし、その第一歩なるものはよく考えるべき種類のものではなく、単に決断を下すべき性質のものであった。唐突に彼は、このような事を一切放り出して、元来た道を引き返し、何処か遠い土地にでも引っ込んでしまいたい、今直ぐにでも、誰にも別れを告げずに立ち去ってしまいたいと痛感した。もし後二、三日でも此処にぐずぐずしていたら、この世界へずるずると引き摺り込まれてしまい、その世界がいつか自分の前に大きく覆い被さってしまうだろうと予感したのである。しかし、ものの十分も考えない内に彼は、逃げ出す事は不可能だ、そんな事は臆病と言ってもいい事だ、自分の前にはある問題が横たわっているのであり、それを解決しないで置いたり、少なくともその解決に全力を注がないでいる事は、今の自分には出来ない事だと決意したのであった。このような考えを抱いて帰宅したが、それまでの間彼は、実に不幸な人間であった。

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