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WON’T YOU LET US WANDER



*パブリックスクールパロ

5
ブルース・ウェインは優秀な生徒だ。文武両道であり、風紀面もよい。燕尾服も着崩さず、字も綺麗で、髪も整えている。手を挙げる時も、姿勢も筋が通ったように伸びている。靴には汚れはなく、シャツにも皺がない。自分で靴磨きで磨いたり、アイロンを当てているのだろう。羽目を外して叱られた事などもない。しっかりした子だ。そう先生方は口を揃えて言う。ゴードンは視線を手元にある本に戻した。だが脳裏に浮かぶのは自分しか知らない、何か大きな不満を抱えている表情だった。

6
「風邪を引くよ」
夜の校内見回りで培った無音の早歩きはまた彼を驚かせた。真冬なのにも関わらず懲りずに薄い格好をして歩いている。ゴードンもそんな生徒をわざわざ温かい自室から出てまでも追いかけたくはない。
「君が自習室の窓から出てくるのが見えた」
この生徒だからかもしれない。放って置けないのだ。窓を開け、丹念に外を見回しては一つ下の階のベランダに飛び移る。その一部始終を冷や冷やしながらゴードンは凝視していた。もうその時点で無意識に色々着込んではいたが。ゴードンは反応のないウェインを覗き込んだ。少し顔色が悪い。月明かりのせいではないと思う。また悪い夢でも見たのだろうか。
「散歩しようか」
ゴードンは自分の息子に話しかけるように言った。するとウェインは顔を綻ばせてこくんと頷き、ゴードンの隣に並んだ。大分色んな表情を見せてくれるようになったと思う。まだ自分の胸ぐらいの背丈しかなく、歩幅も小さい。ゴードンは着ていた上着をそっと彼の肩にかけた。寒さも忘れて。
「あなたは優しい」
酷く小さな声だった。まだ声変わりしていない高い声だ。うん?とゴードンは聞き返したがウェインは何も言わなかった。その代わり可愛らしい、控えめな笑顔をゴードンに見せた。白い小さな手は胸元でしっかりとゴードンのガウンを握っている。ぼくは親を知らない。けどあなたみたいなひとが優しいと感じる。ウェインは鼻をすすった。何も言わず微笑んでいる少年の頭に、ゴードンは手を乗せた。

7
やってきた長すぎる休暇はウェインにとって好ましいものではなかった。式が終わると寮に戻り、さっさとトランクに荷物を詰め込み、それを部屋の外に出した。廊下には別れを惜しむ生徒でごった返しており、まだ一人として帰る支度をしている様子はない。手紙を送る約束や、ハグを交わす相手はウェインにはいない。そしてその場から逃げるように寮を出た。その時に自分のトランクが人混みに押され地面に倒れたのが見えたが、戻る気にもなれなかった。家族のいないあの広い家が自分の居場所だと感じたことはない。そしてここも。ただ一つ心残りがあるとすれば。ウェインは駆け出した。

8
ウェインは手で持て余していた石ころを投げた。それは一直線に水面へ飛び、情けない音と共に姿を消した。それを二、三回繰り返したが全く気持ちは晴れない。この空のようには。
「ジェームズ・ゴードン」
ぼくのせんせい。ぼくを気にかけてくれたひと。そしてぼくも、気にしているひと。忙しなく鳴り始める自分の心臓に手を当てた。今まで死んだように動かなかったものが、今は存在を訴えるように動いている。苦しさに思わずセーターを握りしめたが、何故か気分はよかった。
「ジェームズ」
名前を言っただけなのに、すぐ傍にいるように感じた。あの人だけに漂う柔らかい雰囲気、知性、そして同性とは思えない何か。
「ジェームズ」
二人きりならいいのに。ぼくとせんせい。そしたら迷わずこの世界をぶち壊して、また新しいのをつくる。そしていっしょに生きて、いっしょに死んでくれないかという。そういったら怒るかな?──いや、たぶんあのひとは怒らない。