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LONELY WATER



*パブリックスクールパロ

1 鐘の音が鳴ったと同時に教室から生徒が次々と飛び出していく。その騒がしい音に思わず振り返った。──もっと早くに宿題の範囲を言えばよかった。まだ教室に残っている真面目な数人の生徒に、ゴードンはそれを伝えた。そして分厚い教科書を数冊抱え、廊下に出た。生徒の波に半ば巻き込まれながら、廊下に接している中庭に目をやった。芝生に寝そべっている生徒や、ベンチで本を読んでいる生徒、木の下で軽食を取っている生徒。いつもの光景だ。ついでにいうと、彼らは黒の燕尾服を汚すのも忘れない。
「ゴードン教授、わからない箇所があるので教えて頂けませんか」
近寄ってきたのは監督生だった。金色のボタンがついている。二人は廊下の隅に寄り、ゴードンは開かれた教科書を覗き込んだ。ゴードンは比較的高学年の担当を持つことが多い。質問にきたこの監督生も二度、授業を持ったことがある。
「これはね──」
ゴードンが静かに説明を始めたとき、その監督生が後ろに一歩下がった。ゴードンが視線を監督生に移すと、彼は誰かにぶつかられたみたいだった。監督生が後ろを見ている。ゴードンは彼にぶつかった生徒を見やった。まだ小柄で、高学年とはいえない。するとその生徒は振り返り、ゴードンと目を合わせた。その生徒の顔は感情の読み取れない、何とも言えないものだった。
「気をつけろ!」
監督生はそう言い放った。すっかり人数が少なくなった廊下に、その声は響いた。

2
湖の沖には何隻かボートが置いてある。生徒は休み時間なら自由に使っていい。ゴードンは午前の授業を終えると、その湖の傍を通って部屋に戻る。その日は快晴だった。芝生の上で時間を過ごしている生徒たちを眺めながらゴードンは歩いた。そして湖の傍を通りかかったときに、毎回ボートの数を数える。特に意味はないが、何となく気になる。今日は一隻だけ使われているらしい。湖の方へ視線を移すと、一人の生徒がボートの上で本を広げていた。湖の丁度真ん中ぐらいで浮いている。銀色のボタンが輝いて見えた。首席の子か──とその生徒の顔を見ると、この前廊下で見た生徒だった。表情のない青年。真上にある太陽が照らす湖は、目が眩むほど明るい。ゴードンは立ち止まった。自分でも何故立ち止まり、あの生徒を見ているのかわからない。まるで時間が止まったように、ただゴードンは絵画のような風景を、彼を見ていた。

3
切りのいいところまで済ませてから眠ろう。ゴードンはすっかり重たくなった瞼を指で押さえ、一度椅子から立ち上がり、両腕を上に伸ばした。そして夜の冷たい空気を部屋の中に入れる為に窓を開けた。寒さで一瞬身震いをしたが、幸い眠気はなくなってくれた。今日は満月だった。太陽のように明るい月光が校庭を照らしている。ゴードンは目を細めた。そこに何か見えたのだ。一人の生徒が、そこにはいた。ゴードンは目を疑ったが、生徒の徘徊など今に始まったことでもない。ナイトガウンを羽織り、すぐさま部屋を出、校庭へと向かった。
「駄目じゃないか、夜中に彷徨くなんて」
生徒の歩く速さは遅かった。最初に見つけた場所から然程遠くないところで捕まえることができた。俯いて、ポケットに手を入れて歩く後ろ姿は小さくて、頼りなく感じた。もしこれが高学年の生徒だったら、違った対応をしていたかも知れない。ゴードンがそう声をかけると、生徒は勢いよく振り返った。そして声の人物がゴードンだとわかると、彼は一瞬だけ、安心したような表情をした。それをゴードンは見た。こんな顔も、するのか。ゴードンの中での彼はいつも無表情で、いつもひとりぼっちだった。
「いやな夢を見たんです」
小さな声で、そう言った。そしてそう言ったことを後悔しているのか、居心地が悪そうにまた俯いた。自分の胸までぐらいしかない背丈の、小さな生徒。どうしていいか、ゴードンにはわからなかった。
「戻ります。出歩いて、すいませんでした」
ポトリ、と涙が地面に落ちた。そして彼は顔を隠したまま、涙を拭うこともせず歩き出す。ゴードンはそんな彼の肩にそっと手を置き、止めた。ゆっくりと彼がゴードンを見上げる。瞳には涙が溜まっていた。
「少しだけ、私と散歩するかい」
驚いたのが見て取れた。そして涙は、止まった。ゴードンは肩に置いた手を元に戻した。あのまま彼を放っておくことは、ゴードンにはとてもできなかった。ゴードンが微笑みかけると、彼も少し微笑んだ。彼の神経質そうな表情が、崩れた。木と木の間から月光が差し込む細い道を二人は歩いた。短い時間だった。何も話さず、お互いのことも見ず、ただ横に並んで歩いた。

4
聖歌隊の歌声が聖堂に響く。幾度となく聞いてはいるが、上手いものだと思う。声変わりするまでは大抵の生徒がソプラノを担当する。まだ幼さが残る声だ。それを追いかけるように高学年が出すアルトの声が地に響く。賛美歌が終わると今度は全校生徒で校歌を歌う。起立をして、圧倒的な量の声が一斉に歌い始めた。ゴードンは生徒たちを見た。ランダムに顔を見て行く。眠っている生徒もいれば、隣の生徒と小さな声で話している生徒、つまらなさそうに立っているだけの生徒も中にはいる。校歌は長いぞ、と思いながらそのまま視線を動かしていると、あの生徒を群れの中から見つけた。彼は決して目立つ存在ではないが、男らしい端正な顔立ちをしている。前の生徒のズボンに何かついているのか、地面に何か落ちているのかはわからないが、少し下を向いていた。だがちゃんと口を開けて歌っていた。するとゴードンの視線に気がついたのか、その生徒は顔を上げた。初めは驚いたように目を少し見開いていたが、ゴードンに向かって目を細めて小さく笑った。そして恥ずかしくなったのか、また下を向いて、鼻の先をポリポリとかいた。ゴードンは脳が痺れるような、そんな感覚に浸った。