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BUTTERFLIES, YOU STEAL MY SLEEP EACH NIGHT



「あまり奥さんを放ったらかしにしちゃ嫌われますよ」
と部下の一人に笑われながらゴードンは淹れたてのコーヒーを渡された。雪が降りそうなくらいにゴッサムは寒かった。ゴードンは冷たくなった両手を温めるようにしてカップを持ち、夜空に映るバットシグナルを眺めた。
「放ったらかしという訳ではないんだが──コーヒー、ありがとう」
「いえ。今日は大変でしたね」
本当に、とゴードンは頷いて一口コーヒーを飲んだ。ちゃんと砂糖とミルクを入れてくれている。すると目の前に中身の入ったビニール袋を掲げられた。
「これは?」
「本部長の本日の食料です。安心してください、甘いものばっかです」
バットマンが来ると忙しくなるんで来る前に食べて下さいね、と言ってゴードンに袋を押しつけ、彼はそそくさと暖かい中へ戻って行った。ゴードンが袋の中を覗くと彼が言った通り、甘いものばかりだった。ゴードン自身、自分は甘党だという意識はなかったのだが、周りに言わせてみればザ・甘党だと言われた。さっきの彼なんかは「前世は砂糖だったんじゃないですか」と意味不明なことを言われた。ゴードンはまたコーヒー(ミルクで色が変わってしまっている)を一口飲んだ。
「顔色が悪いな」
ゴードンは思わずカップを落としそうになった。いつもバットマンは唐突に来る。しかも飛んで来る筈なのに、音も立てずに来るものだから毎回ゴードンは決まって驚く。彼はわざとしているのだろうか──多分わざとだな。ここ数日あまり寝ていない。寝る場所も家じゃなく職場で、熟睡できるところではない。
「大丈夫だ。君は昼間はちゃんと寝ているかい」
ああ、という素っ気ない返事が返って来る。ゴードンはその声に安堵した。過去に何回かゴードンではない警官たちが内緒でバットシグナルを照らしたことがあった。ゴードンは特に何も思わなかったが、何故か誰一人としてバットマンに会えなかったらしい。そのとき初めて感じたのはちょっとした優越感だった。警官の中にも真面目な人間はいるし、何も自分だけと連絡を取り合う必要はない。だがバットマンはゴードンとだけ会話を交わし、情報を交換する。今日もいつも通りに淡々と話をした。
「出来たらでいいんだが、最後にまたここへ戻って来てくれないか」
彼は唐突に現れて、唐突に消える。幻覚だったのではないかと思う程に短い時間なのだ。彼がたった一人で街に狩り出る機会も伺えない。それが嫌で、ゴードンは気がつくとそんな言葉を口から出していた。勿論、バットマンは何も言わない。
「君が生きて戻って来るのを見ないと、眠れないんだ」
それは本当だった。バットマンが今何人と闘っているのかわからないが、丸腰で闘っているのに、自分はノコノコと家に帰ってベッドで寝るなんて出来ない。自分もバットマンの傍で役に立ちたいが、きっと足手まといになるだろう。だがもしバットマンに何かあったら──と考えるだけで夜が明ける。そしてまた次の夜が来るまで不安になるのだ。この目でバットマンを見るまで。
「──すまない、迷惑だったね。さっきの言葉は忘れてくれ」
だがあまりにも自分の勝手過ぎだとゴードンは思った。バットマンが自分とコンタクトを取るのはただの情報収集の為であって、自分と会っている訳ではない。だが自分は、どうだ。彼にしたらいい迷惑だ、とゴードンは俯いた。
「いや、いい。また戻って来る」
「──バットマン?」
ゴードンが顔を上げるともう彼は消えていた。だが彼は確かに、そう言った。幻覚ではない。ここにまた戻って来ると言った。ゴードンは思わず駆け出して、身を乗り出しバットマンの姿を探した。そこで初めてバットマンの姿を見つけることが出来た。蝙蝠だ。黒い羽を広げ、ゴッサムを見張っている。ゴードンは寒さも忘れ、その蝙蝠を見届けた。そしてゴードンはバットシグナルを眺めながら、無事に帰って来るように祈りながら、彼を待つのだった。