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REMEMBER THE TIME



ブルースはアルフレッドの運転する車から窓の外を眺めた。流れていく景色には一つも思い出はない。この街には一つも、大切なものなんて僕にはないんだ、と毎回思うことを今日も思って、ブルースは外を見るのを止めようとしたときだった。警官が一人、歩いているのが見えた。後ろ姿だ。車はそのまま進み、その警官の横を通り過ぎた。ブルースは心臓が鳴るのを感じた。──忘れもしない。彼は僕を救ってくれた人だ。
「車を止めて!!アルフレッド!!」
癇癪声のようにブルースの声が車の中に響いた。勿論そんな声を今まで聞いたことがなかったアルフレッドは驚いて思わずブレーキを踏んだ。どうしたのです、とアルフレッドがブルースに言おうと後ろを振り返ったときにはもうブルースは車にはいなかった。この街にいた、一人だけいた、彼だ──と溢れる嬉しさを感じながらブルースは無我夢中で走った。ゴードンはコーヒーを一つ買っているときだった。彼の気分は憂鬱だった。ゴッサムから組織犯罪をなくすという夢を持ち警官になった筈が、今ではどうだ──と自分に自信をなくした目をしていたときだった。ブルースがゴードンを見つけたのは。全速力で走ってくる子がいる。周りの子とは圧倒的に違う──服装や顔立ち──見たことがある子だった。でもその子が誰か思い出す時間もなく、その子どもはゴードンに抱きついたのだ。
「君は──」
「ブルース様!」
そうだ、ブルース、彼はブルース・ウェインだ。この街で一番裕福で、一番不幸な子ども──その子が泣いているように見えた。あのときのように。ゴードンは慌ててその場にしゃがみ、ブルースと視線を合わせられるようにした。だがその子は泣きそうでも、悲しそうでもなかった。ただゴードンの目を見て、彼を見つけた、とブルースは思っていた。
「ブルース、」
君は逃げてきたのかい、と言葉を続けるつもりが、その子からのキスでそれは防がれた。酷く純粋で、柔らかくて、長いキスだった。ブルースは自分のことを引き離そうとしないゴードンを唇を離して、見た。優しい目をした警官。僕のたったひとりの大切なひと、
「待ってて」
彼のことは何も知らない。だけどそんなことはどうだっていい。
「待ってて、僕が大きくなるまで」
すぐに追いつくから、とブルースは言って、一度もゴードンに振り返らずにアルフレッドの方へ走って行った。

「覚えてる?僕が貴方に初めてキスした日のこと」
「覚えていない」
ウェインは目を泳がせたゴードンにクスクス笑った。
「覚えていない?じゃあなんで本で顔を隠すんだ」
「覚えていないと言ったら覚えていない」
正直じゃないなあ、とウェインはその本を取り上げてキスをした。あのときとは違うものを。