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SO CLOSE AND STILL SO FAR



ブルース・ウェインが所有する家は一体幾つあるのだろうとゴードンはふと疑問に思ったが、一向に答えが出ない為、馬鹿馬鹿しくなって止めた。仕事を片付け腹の虫が忙しなく鳴っているところを、高級車に乗ったウェインに半ば強引に拾われ、山奥にある別荘に連れて来られた。若者が好む音楽を流して楽し気に運転するウェインに、ゴードンは目を細めて笑った。ウェインと一緒にいると何故かゴードンの心は軽くなり、また何より日常の事を忘れる事が出来た。玄関の前に車を停めて中に入ったが、ウェインの執事は珍しい事に不在であった。
「お腹空いただろ?僕が作るよ」
「君が?」
「ああ、期待してて」
そう言って腕捲りをしたウェインはラジオを点けて、再び速度の速い音楽を流した。億万長者が自分で料理をするところを見るのも面白いだろう。彼が他人に料理を披露するなんて多分、そうないことだから、とゴードンは思った。するとウェインは音楽に合わせて踊りながら生地をフライパンで焼き始めたものだから、ゴードンは流石に止めにかかった。よく見るとキッチンは粉だらけ、ウェインの手も生地が飛んでベタベタだった。本当に今日は執事はいないようだ。
「危ないぞ。取り敢えず手を、」
「大丈夫さ」
何が、と言おうとしたゴードンの目にワインが入ったグラスが映った。この億万長者め、警官を助手席に乗せて堂々と飲酒運転したのか──と思うも、今は怒る気にはなれなかった。変な踊りを踊りながら生地をひっくり返して、上手いだろ?と言ってくる、子どものような彼を見ると、どうでもよくなってくる。彼には甘い。彼だけには。それは知っている。昔からだ──彼の整った顔立ちに、ブルース・ウェインに、ゴードンは見入ってしまった。
「ほら、ジムもやって」
「あ、ああ、」
ウェインがゴードンのすぐ後ろに回り、ゴードンの白い手に彼の手が重なる。若い男の手だ。長い指から手首へと無意識に見ているゴードンに気づかない振りをしているウェインは、わざと身体を密着させた。細い身体だ。身長も自分より10センチ程小さい。よくこんな身体でゴッサムの警官をしている、と初めは思った。だが彼は稀に見る、芯のある人だ。そこに自分は──ウェインは生地がついたベタベタの指をそっとゴードンの頬に寄せた。形の悪い生地が宙に舞ってフライパンに戻る。
「よし、後はフルーツを──あ、」
「ん?」
「ジム、ごめん、ついた」
ウェインはゴードンの反射的に動いた手を優しく止めて、それを舌で舐め取った。ナチュラルに。だが案の定固まったゴードンの姿が、優しいブラウンの瞳に映った。彼は今──何をした?ジム、と自分の名前が耳の奥で響いて脳まで浸透するのをゴードンは感じた。ウェインに掴まれた方の手は、いつの間にか互いの指が絡まっていて、ウェインは顔を見られたくないのか、それとも見たくないのか、自分の肩に顔を埋めている。もう一度小さな声でジム、と彼は言った。ゴードンはその先の言葉を待った。だが彼は好きだよ、とは言わない。ただ目の前の若い男は自分の名前を言っただけ、なのに、ゴードンは何だか泣きそうになった。もう何年もこうして付き合っている。一緒に食事をしたり、お酒を飲んで色んなことを話した。もうお互い、勘づいているのに一線を越えようとはしない。多分彼も泣きそうになっている。実際、そうだった。──ブルース・ウェイン、気をつけないとボロが出ると言っただろう。そうウェインは心の中で思った。けれど彼に好きだよと言いたい。言って抱き締めて、彼からの言葉も聞きたい。彼も好きだよ、と照れながら言ってくれるだろう。微かに震えているウェインの背中をゆっくり、そして酷く優しくさすっているゴードンの手が、今のウェインにとっては辛かった。絡まっていたお互いの指はもう離れていた。