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Because I would not dull you with my song



関羽雲長は正に、青銅の心と大理石の顔とを持った男であった。彼は格別響きの高い、歌うような、人々を従える将軍らしい上低音でものを言い、癖になっている磊落な、しかも威のある声で話をした。そんな彼が持ち合わせているもの──それは空を震わせ、舞うように刃を揮う清らかな武勇のみならず、真摯な義の心と才気豊かな悟性──が颯爽と周りを照らし、将来の不安が齎す眩惑をも払った。兄弟を慕い、また民の為にのみ振動をさせる生命の弦。彼が持つ生命の弦は正に鉄であり、ゆったりと音を鳴らし響くそれは静謐の中で辺りに広まり、関羽雲長という人間の存在を知らしめるのであった。小雪はふと関羽から瞳を転じた。やはり、あの男を見詰めていると自分の持つ心臓の鼓動は異常な程に高ぶり、夢想を見ているような感覚に陥ってしまう。いつまでもあの姿をこの眼に映していたいと思うが、それでは恋心を堂々と告白しているようなものである……。関羽よりも二回り歳が若い彼女にとっては、その事が極めて難解なものであり、また何より今まで一途に愛し続けて来た為に、そうやって容易く恥じらうのであった。大きな赤い雫宛らの太陽が地平線に揺蕩っていたが、軈て滴り落ちるように見る事が出来なくなった。それが消えた辺りの空が一面に明るくなり、血染めのぼろ布宛らの千切れ雲が、太陽の沈んだ辺りに漂っていた。暮色が東の地平線から忍びよるように空を覆い、暗闇が東方から大地に這い寄って来た。夕べの星が宵闇の中にぴかりと煌めいた。小雪は開いている部屋に向かってこっそりと歩いて行き、影の如く中へ消えた。

か細い胸から発する言葉は、か細いながらも一語一語が厳粛に続き、荘重な響きを帯びていた。選り抜きの思慮深い言葉は、遥かに並みの言葉を超えた威厳に満ちた言葉であり、蜀の真面目な生活者、主君と同胞に尽くすべき事を尽くす敬虔な人間の言葉──小雪がそのような人間であったのは幼い頃からであった。周りの人間を無意識の内に観察し、口から外へと出す言葉を選ばぬ小生意気な少女であった為、周りの大人達は嘸かし手を焼いた。しかし学に至っては非常に抜きん出ており、関羽が所有している書物を与えてはそれらを次々と諳んじて見せた。彼女は詩や音楽を好む情熱家であったが、これに関しては関羽の管轄外であった為、詩などを諳んじた時には酷く頭を悩ませた。小雪が成長するに連れ、分別や兄との死別などの絶望が彼女に迫り、今ではすっかり口数の少ない、怜悧の中に憂いを帯びた娘と変わった。数年の時を経て再会をした際には、関羽は小雪を見違えた程であった。しかし彼女が本来持ち合わせていた悠然さは、彼の目には異なって見えた。それは様々な経験をして得た静かなる躍動ではなく、一種の諦めのように映ったのである。その源は何か。それは他ならぬ病魔であった。自分より二回り歳が若い美しい娘は、人間の定めである死の一つ、病魔によってその怜悧な頭脳、彫刻宛らの顔立ちを無に帰そうとしていたのであった。