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The God’s spark



孔明が先へ歩き出した時、太陽は雲に隠れて見る事が出来なかったが、既に昇っていた。欠けた月はすっかり光を失い、一片の雲宛らに空に白く浮んでいた。星は既に一つも見る事は出来なかった。先程まで露で銀色に光っていた湿地が今では金色に輝いており、錆びた水は一面琥珀色に染まっていた。草の青は黄味掛かった緑に変わり、水鳥の群れは露に輝きながら、長い影を投げている川辺の灌木の茂みの上で騒いでいた。一羽の大鷹が目を覚ますと、干し草の禾堆の上に止まり、小首を左右に回して不満げに沼を眺めていた。鳥の群れは野末へ飛んで行った。そして、裸足の小僧っ子が馬を追い立て、長外套の下から身を起こし、身体をぼりぼり掻いている老人の方へと駆けて行った。兵の射撃の煙が、牛乳宛らに草の緑の上に白く漂っていた──戦場と極にある風景に、孔明は一人、ある一つの姿を投影させた。いや、正確にはそれは投影ではなく、常に彼の目蓋の裏、または身体の末端にまで広がった血管の影に存在するものあった。諸葛亮孔明はその魂、そして彼の続く限りの生涯を劉備玄徳に捧げる決意をした。しかし神の如く揮われる采配、粛然であるが隻眼を持ち合わせた男が、たった今思い浮かべたのはその主君ではない。鳴神小雪は劉備の血縁者だという。歳は若いが自分と然程変わらず、あの落ち着き払った態度や気難しげな表情には一種の高貴さを感じる。孔明の苦手とするそれを目の当たりにし、その自惚れが主君の仇とならぬよう、と皮肉を胸の内で呟いたものだったが、あろう事か彼の心はすっかり彼女に向いてしまっていたのだった。小雪が持つ高貴さとは、孔明が定義していた根拠のない異常な程の自尊心ではなく、それは学を重んじ、その学を唱えた人間を敬愛し、そしてその人間を育んだ自然を畏敬するといった高貴さであった。恋は正に盲目、だがその盲目の中で彼女という一人の人間が持つ神聖な信念に触れた時、孔明の複雑な魂は許される限り澄み渡った。雪のような大気の白い雲の中で、若々しい暁の赤光が脈動して震えるように、彼の重苦しい胸は滾々と湧き上がって来る生命力に浸ったのであった。しかし彼は神ではない。彼に迫る二つの障害は手に余るものであり、且つ、外の世界へ出るまで無縁とも言えるものであった無上の苦衷が彼に齎されるのであった。小雪の明眸、その宝石宛らの瞳を日光に燦めかせながらも、時たま差す深い翳り。その眼は自分ではなくある将軍を向いている事、そしてその眼は未来ではなく常に過去を向いている事を孔明は看取した。