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Love is like breeze in a suffocating day



Rは恋で心が一杯であった。この恋の思いに照らされ、人間との学校生活、また部活動が、彼にとって重要さを持つ事になったのだった。小雪といえば、教科書が教えてくれる高尚な知識のようなものだった──知識、というよりもRの場合は米、であろうが──彼はそれを得んが為に、自分の持つ凡ゆるものを売り払う性格の持ち主だった。生まれて日が浅く、乏しい知識しか持っていなくとも、恋を物語り、そして彼女に対して抱いている彼の感情をそう名付けたのは間違ってはいなかった。そしてその後、Rが成長するに連れ凡ゆる事を知っても、何一つこれ以上に恋という名に相応しく思われたものはなかった。
「R先輩の事が好きです!」
「あい?」
当然の事ながら、Rは愛の告白という習わしについて考える羽目となった。その行為は、何とかして相手を我がものにするというものであると、常に眼鏡を光らせている先輩につい先日教わったのである。それからというもの、Rは幾度となく空想に思いを馳せた。
「好きです!とってもとっても好きなんです!」
「『とってもとっても』?」
「そっちじゃない!」
彼は未だ自覚をしてはいなかったが、ただ何とかして小雪に相応しいものになりたいと思っていた。しかし『何とかして相手を我がものにする』といった習わしについては、未だによく分からなかった。Rに入れ知恵をした長髪の人物は『そこが一番肝心なのだ!』と中指を立てていたが、『我がものにする』とはどういう事であろう。しかし『我がものにする』為にはその習わしをしなければならないようである。『所謂、精励、努力、敬虔な行為などの全てを、お前は神秘な気持ちで相手に捧げなければならないのだ!』と、頼もしい天の声が再びRの元へ届いた。続けて、『そして相手の為にのみしている全ての事を、相手自身に気付かせる気付かせないはお前の勝手である!だが何方にせよ、徳を磨いていく事だ!』と天は豪語した──こうしてRは、何かしら逆上せかえるような謙譲の気持ちに陶酔した。特にこれといった行動を起こせずにはいたが、彼のこうした神聖な気持ちは彼自身を幸福にさせ、そして『我がものにする』という未知なる事への期待を齎した。
「そうなのですか。君は僕の事が好きなのですか」
「はい!」
「しかし僕は妻がある身」
「ええ!?」
小雪はそうした事に気が付いている様子もなく、また彼女の為、斯くも一心に努めているRの為に、または彼の為に何かするでもないように思われた。彼女の飾り気のない心の中では、全てが全く自然のままの美しさを保っていた。彼女の徳には、あるがままに投げ出されていると思われる程の自由さと優雅さが見られるのだった。その子供らしい微笑のお陰で、彼女の重々しい眼差しも愛くるしいものになっていた。Rは、小雪の実に優しい、また淑やかな、あの物言いたげに上に向けられた眼差しを思い出した。それはこの世にただ一つしか有り得ないものであった。
「妻って、R先輩、結婚したんですか!?」
「はて?結婚?」
「そこでフリーズしないで下さいよ!」
結婚とは……何ぞ。はっきりとした意識なしに勝手に外へと出た言葉に、Rは首を傾げた。あの朝彼が見た光景と同様、そして小雪と同様に『好きです』と愛の告白をされた訳であり、眼前の女子生徒は自分を『我がもの』にしようとしているのだ。小雪とはいつも話をしたが、彼女は殆ど彼と彼の遊び仲間に入る事はなかった。過去の思い出にどれ程深く分け入ってみても、いつも真面目であり、優しく微笑を含んだ、考え深そうな彼女が見出されるのだった。誰かしらの『我がもの』になるのであれば、それは小雪が良いと、Rは思うのであった。

「小雪は、結婚をしていますか」
太陽に温められると草は生気を取り戻し、すくすくと育ち、根が残っている所では何処もかしこも、並木道の芝生は勿論、敷石の間でも至る所で緑に萌え、白樺やポプラや桜桃もその香り高い粘っこい若葉を拡げ、菩提樹は皮を破った新芽を膨らませるのだった。鴉や雀や鳩たちは春らしく嬉々として巣作りを始め、蠅は家々の壁の日だまりの中を飛び回っていた。草木も、小鳥も、昆虫も、子供達も楽しそうであった。
「してないけど?」
「では、『我がもの』にしたい人はいますか」
しかし、人間は──もう一人前の大人達だけは、相変らず自分を欺いたり苦しめたり、互いに騙し合ったり、苦しめ合ったりする事を止めない。人間は、神聖で重要なものは、この春の日でもなければ、生きとし生けるものの幸せの為に与えられたこの世界の美しさ──平和と親睦と愛情に人間の心を向けさせるその美しさでもなく、互いに相手を支配する為に自分達の頭で考え出したものこそが、神聖で重要なものだと考えている。
「いても言わない」
「ええ!それは何でですか?」
「何でって……そりゃそうでしょうよ」
Rをはっとさせると同時にその心を強く捉えた、生真面目な、時には沈みがちの瞳の表情。彼は小雪の性格をよく分かっていたつもりであったけれども、それにも関わらず、小雪の中には何かしら別の世界が、彼などには想像もつかない、複雑で詩的な興味に満ちた、崇高な世界があるように思われた。
「でもまあ、そんな人なんか生きている内に一人出来たら上出来よね」
こう言った小雪の声は、優しいと共に寂しげであった。だが彼女の顔を輝かせていた微笑は、そのまま如何にも澄み切った美しさを見せていた為、Rは彼女の言葉を理解出来なかった事に複雑な情動を感じた。彼女の声の奥に潜んでいるように思われる寂しげな余韻も、何か意味のあるものなのであろうが、彼にはその意味を汲み取る事が出来なかった。彼はその眼の中に、自分には開かれていないあの特別の世界を認めた。
「はて?それはどういう意味ですか?」
「さあね!」
小雪が教室へ入って来るなり、或いは遠くの方に彼女の姿がちらりと見えるだけで、もうRにとっては彼自身を取り巻く全てのものが太陽に照り輝いているように思われるのだった。いや、全てのものが一段と興味深くなり、楽しくなって、有意義なものになるのだった。最も彼女が傍にいるという事だけが彼にそのような作用を及ぼしたのではなかった。彼にとってはこの世に小雪という人間が存在するのだという事を考えるだけで、そのような気持ちを味わうのだった。彼女は教室の外、廊下に他クラスの友達を見付けると、鞄を肩から提げた。Rは周りから不愉快な扱いをされても、良い点数が取れなくても、独特の言われのない憂愁に駆られても、この世には小雪がおり、その姿を見る事が出来るのだと思うと、もうそれだけで何もかも消し飛んでしまうのであった。
「じゃあまた明日」
「あ……さやうなら、」
Rには、小雪が何処へでも自由に、彼の前に立って進んでくれているように思われた。しかも彼の心は彼女次第であり、その方向を定めているようにも思われた──しかしこれらの感情を、Rは頭で認識する事が出来なかった。ただ彼は小雪を見、話をし、別れを惜しんだ。彼女が教室を出てしまってから、暫くして彼も教室を出た。部室へ続く廊下を進んで行ったが、彼が彼女を熱烈に愛しているという事には、殆ど気が付いていなかった。