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Adam’s curse



「前から思っていた事だが、君は質問をしないな」
恐らくスネイプは泥酔寸前の状態であった。サラのちょっとした悪戯心、といえば聞こえは良いが、ただ単に泥酔状態に陥った彼が何を言い出し、そして何を仕出かすかを見てみたかったのである、互いが息をしている内に……。酒は人間が隠し持っているものを顕にするものであり、その他にも真実薬や開心術といったものがあるが、それらを彼に施すのは友情の崩壊を招く為に思い止まった。残った選択肢、酒というのは非常に手軽なものであるし、さくっと簡単に彼の深層心理を覗こうとしたのだが、これまた上手くはいかなかった。始めスネイプは死んだように沈黙しており、何かを引き出そうと凡ゆる事を言ったが、嘸かし煩そうに目だけで威圧を掛けるのである。その途中でサラははっと気が付いた。彼は自分が話そうと思った事しか口にしない人間であり、それは素面でも同様である事を。そして今やっとスネイプの第一声が放たれたという訳である。しかしその時にはサラも相当酔っており、頭が割れるような痛みに襲われていたのだが。
「個人的な質問、した方がいい?」
「いや」
「またあの人から頼み事?」
「それは質問だ」
「当たりでしょう。ダンブルドアは愛を知らないから」
客室にて互いの腰を下ろす位置は決まっており、二人共に向かい合ったソファーにいる。だが段々と身体が重くなり、倦怠感を持ち始めると始めは正しかった姿勢も遂に崩れて果てた。スネイプは背凭れで後頭部を固定するように座っており、長い脚の片方は前にあるガラステーブルの下へと通され、もう片方は膝で曲げられ床に着いていた。一方サラはというと、もう座ってはいなかった。ソファーの上で仰向けに横たわっており、頭痛の源である光を入れないよう目蓋を固く閉じていた。アルバス・ダンブルドアの下りは勿論冗談であったのだが、果たして愛を知らぬ人間などいるのであろうか?サラはふと思った。その一方で、愛を知る人間などいるのであろうか?全ては我々の頭の中、自我の芽生えた肉の塊が見る夢ではないだろうか?
「未だに私は愛が何か分からん」
「全ては愛の為じゃないの」
「そう思うか?」
「ええ。愛とは古い高尚な道よ」
『汝の為に大地は呪われた。汝は生涯労苦しつつ食を獲るべし』と、楽園喪失の際に神はアダムに向かって言った──ある夏の終わりに二人は一緒になった。美しくて穏やかな女性と自分とで詩の話をした。自分が言った。『一行を書くのに何時間かけようと一瞬に浮んだ想念に見えなければ、何度縫い合せても解きほどいても無駄な事である。 膝を着いて台所の床を磨いたり、貧乏な老人のように、降っても照っても石割り仕事をする方がましだ。何故なら美しい音を集めて意味を作るのはこのどれよりも辛い仕事だけれど、銀行家とか、学校教師とか、聖職者とか、俗世間が受難者達と呼ぶ口喧しい連中には怠け者めと思われる事なのだから』これに対して美しく穏やかな女性が、その優しい低い声音を聞けば多くの者が心の疼きを覚えるだろうが、こう答えた。『女に生まれるという事は──学校では教えてくれないけれど──美しくなる為に苦労しなければならないという事なの』自分は言った。『アダムが楽園から追放されてこの方、苦労せずに優れたものを手にする事は出来ない。これまで愛とは高雅な礼節から切り離し難いものだと考えて、溜息を吐き、物知る男の面ざしして、古い美しい本から例を引く恋人達もいたけれど、今はもう無益な業となり果てたらしい』愛という言葉に二人は黙り込み、太陽の最後の燃えさしが消え失せ、青緑色の震える空に面窶れした月が昇るのを見た。星々の周りに畝り高まり、日々となり、歳月となって、砕ける時の波に洗われた貝殻のような月が昇るのを──私が何かを伝えたいと思うのはいつもあなた一人だけである。あなたはその美しさ、古い高雅な愛し方を持っている。私はそんなあなたを愛そうと努めた。嘗ては何もかもが幸せに思えたが、私はその空ろな月のように倦み疲れてしまった……。
「悲しがっている人間は、時々その悲しみを口から吐き出した方が良いわ。何かを殺したいと思ってる人間は、思い切りその殺しの事を話してしまうと殺しをやらずに済む事がある。殺さなくて済むなら、何も殺してはいけないものね」
ある種の内心の感慨を抑える事が出来なかったのであろう。スネイプの目がきらりと光ると、口元が不意に重々しい、感に堪えぬような微笑に綻びた。その大人しい微笑を見ると、サラは痙攣で喉を締め付けられるような思いであった。彼女がこういった事を話した時、彼が決まって浮かべる表情。その熱烈さといい、真剣さといい、心の激しい動きといい、正にその面に歴然と現われていた。その先にて放たれるであろう言葉が、彼の魂の奥底からの言葉である事は明瞭であり、彼の真摯さを疑う余地は全くなかった。
「私は死にたかった。全てを失って」
「ええ」
「今も変わらず苦しいが──だがあの時のように死にたいとは思わん」
「私が質問をしないのは質問されるのが嫌いだからよ、知ってた?」
「そんな事は知っている……しかし我々は依然として、踊り子が踊り続けねばならないように労苦に縛られ、それから逃れられぬという訳だ」
「結局それが報いなのよ、人間の労苦の報いなの。我々の生の意義は生きる事、労苦する事に内在するの」
「君は、」
「え?」
「君は何も知ろうとしない無垢な女のように笑っているが、心の内では殉教者のような考えを持っている。君はそんな上質なソファーに横になっているが、今も色々な事を考え抜いているに違いない」
「やっと分かってくれた?」
「口に出して言っただけだ、君がどんな人間であるかは昔から知っている。こういう事を私に言わせたかったのであろう」
「ねえ、本当に酔ってる?」
「どう思う」
私が伝えたいと思うのはいつもあなた一人だけである。あなたはその美しさ、古い高雅な愛し方を持っている。そんなあなたを私は愛そう努めた、と。嘗ては何もかもが幸せに思えたが、私はその空ろな月のように倦み疲れてしまった、と。スネイプが履いている革靴、ガラステーブルの上に乗せられた二つの足を、サラは手で軽く叩いた。

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