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The young



「闇祓いになりたいと思っています」
若人の静かなる第一声は寮監の眉間にある皺を深くさせる事も、綻ばせる事もなかった。スネイプによる進路指導は名ばかりなものであり、どんな夢を語ろうともたった数分で終わりを告げられる。羊皮紙と羽根ペンをそもそも用意していない無関心丸出しの彼の態度は、今にも闇へとその身を投げたくて仕方がない生徒にとっては非常に良心的である。だがその一方で、真摯に生きようとしている生徒にとっては無常極まりない。口を固く閉ざしている寮監から何かを引き出したいのであれば、生徒の方から歩み寄らなければならないという無駄な努力が求められるのである。
「スリザリンが意外ですよね?」
「いや、多くはないが毎年一人はいる」
「スネイプ教授はどう思われますか?」
「君がなりたいのであろう。なら、なれば良いだけの話だ」
「まあ、そうなんですが……自信がありません」
自信など他人から持たされるものではない。従ってそのような事は私の知った事ではない。スネイプの喉、それも結構な上方にまで這い上がって来た言葉が寸前の所で留まった。その鋭い観察眼でもって日々生徒を眺めているスネイプが見たもの──自信に満ち溢れた才気ある眼前の若人の間抜けな顔、今までたった一度も表へ出した事のない情けない顔を見た為に、言葉が内側でくっと引っ掛かったのである。自信がない事を自ら嘲笑している若人であるが、寮監からの何かしらの言葉を受け取るまでその席から腰を上げるつもりはないと見える。しかし本当に自信がなければ、人間を馬鹿にする事に長けている寮監に対し口が裂けても言わない筈である。恐らく長年の目的であった為に言ったのであろう、闇祓い以外の選択をしなければならない可能性すら考えて来なかった為に。
「成績は良好だ。このまま保てば確率は低くはない」
「ええ、勉強は今まで以上に頑張ります。ですが、果たして僕に向いているのでしょうか」
「やってみないと分からない事もある」
何がこの人間に向いており、何が向いていないなど分かれば誰も苦労しない。そして全く向いていない仕事を途中で投げ出す事なく嫌々続けている人間が貴様の眼前にいる。スネイプの喉、それも結構な上方にまで這い上がって来た言葉が再び寸前の所で留まった。そしてそれらを軽々と越えて代わりに出て来たものにスネイプは自ら驚愕した。先程から、それは若人の第一声が放たれた時からであるが、スネイプの半分の意識はすっかり別の方へと向いていた。この地下室にはスネイプと生徒の二人しかいないが、実はもう一人人間がおり、今にもその人物の笑い声がスネイプの耳に聞こえて来るようであった──もし奴が今の言葉を聞いていたら、あの灰色の明眸をすうっと悪戯に細め己を揶揄う事であろう。そして己の身体に幾多もの小さな穴を開けようとするに違いないのだ。
「これが自分に向いていると思っていても実際には違う事もある。私が言わんとしている事は分かるな?」
「いえ、仰って頂けると有り難いんですが」
「人間、流れ着いた先で生きて行けるという事だ」
その人物というのはサラ・バラデュールの事である。当然この場にはいないが、スネイプの脳裏の隅、いや心の隅を占めている彼女はスリザリン出身の闇祓いであった。その「闇祓い」という言葉は彼女に繋がるものの一つであり、不思議な事に、その言葉には色が付着しており、そして香りまでも纏っているのである。スネイプがその言葉を聞く度、彼女の名を想起し、そして彼女の眼の色を想起し、そして彼女の香りを想起するのであった。闇の中を歩く一つの生命、苦衷の中にありながらもその善良な精神を微塵も揺らす事をせず、ひっそりとした死と共に歩み続けている人間。光の中を歩いていても闇に身を投じる魂の軽い輩もいるというのに。スネイプの眼前にいるこの若人は彼女と同様、気高い精神の持ち主であるという訳である。
「励みになります」
「では話は終わりだ」
「スリザリン出身の闇祓いは、一体どんな人でしたか?」
「──何?」
「いえ、先程のスネイプ教授の仰り方からして、てっきり関係があった方かと」
「そうだが、未だ死んではいない」
「幸運な方ですね、生きておられるとは」
「今頃死んでいるかも知れんがな」
「死なないように僕も頑張ります」
「直に分かるだろう」
「……何をでしょうか?」
孤独の中で真理を求める君等こそ、最も熱烈な自然の崇拝者である。サラ、平和は、本当は君のものだ。友よ、恙なく……健やかで、爽やかな心の平和が君と共にあるように──しばしば人の集まりを求めながら、それよりもただ独り自らの為にある君──君にとって幸福な日々が多く、我々にとっての祝福で有れかし。スネイプは立ち上がった。
「話は終わった。寮へ戻れ」