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Everyone says I love you



≪暖炉に火を点けてくれ。この部屋、凄く寒いんだ。よくこんな酷い家に住んでいるな≫
「そんなに?」
≪凍えそうだ──ほら≫
クラウチの性格には不自然なところや余計なものは殆どなかったが、それにも関わらず今不意に一切の覆いが取り除かれ、彼の魂の核心そのものがその茶色の目の中に輝いた時、サラは自分の眼前に露にされたものに思わず心を打たれずにはいられなかった。そしてこの単純な赤裸の姿の中に、自分の愛して止まぬ彼が一層はっきりと見える思いであった。彼は微笑みながら彼女を見詰め、今にもその青白い手で彼女に触れようとしていた。しかし不意に彼女の眉がぴくっと震え、身体を彼から僅かに引き離した。未だ近い距離にその手が伸ばされる事はなかったが、頭をぐっと下げたクラウチは苦しみに身をもがき、その苦しみをサラに訴えるかのような表情を浮かべた。すると彼女はいつもの癖で、自分が悪いような気がした。しかし彼の眼差しの中には、俺はこの苦痛の為にお前を責めているどころか、却ってお前を愛しているのだ、と語っている優しい表情が籠っていた。もし私が悪いのでないとすれば、一体誰が悪いのだろう?彼女は一人でにこんな事を考えながら、この苦痛の責任者を探してその罪人を罰しようと思ったが、そんな罪人はいなかった。クラウチは苦しみに身をもがきそれを訴えながらもその苦しみに凱歌を上げ、それを喜びそれを愛しているようであった。彼の魂の中で何か美しいものが成就されつつあるのはサラも見て取っていたが、それが何であるかは彼女にも理解出来なかった。それは彼女の理解力を越えたものであったのだ。
「火の傍に来て」
≪助かる。ずっと点けておいてくれ≫
サラはクラウチに出会い、出会う度に胸に喜びを感じた。彼に会えそうな所ならば何処へでも出掛けて行く心持ちであった彼女であるが、彼はこの家でのみその姿を現した。目的がなければ外へ出ない彼女は益々、何もない外へと出向く必要がなくなったという訳である。彼と顔を合わす度に、初めて彼とホグワーツで恋に落ちたあの時と同様に、生き生きとした感情が心の中に燃え上がるのであった。彼を見ると自分の瞳に喜びの色が輝き、唇が微笑に綻びるのを感じた。そして彼女はこの喜びの表情を自分で消す事は出来なかった。
≪それは?≫
「音楽、好きだったでしょう」
≪ああ。今でも聴くのか?≫
「ええ、時々ね」
サラは暖炉の傍にレコードプレーヤーを持って来ると、カートリッジをそっと下ろした。すると身体を丸めるようにして暖炉の前で温まっているクラウチが、流れる音楽に従って僅かに身体を揺らし始めた。ソファーにではなく床に座っている彼は、上等な服に皺が刻まれる事や埃や泥で汚れる事に全く気に留めない人間であった。恐らく今の彼の頭には、音楽と、それによって呼び覚まされる記憶と感情のみがあるのだ。彼女は彼の隣に腰を下ろすと、炎で照らされた彼の横顔に瞳を転じた。人生の真の偉大さは自分自身を治める事である。もし自分にこのような生き方が得られておれば、何処ぞの皇帝になるよりもその方が遙かに望ましいと思う。また現在自分は此処に流刑になっているように見えるが、こういった隠退生活の中にこそ、バラデュール家が嘗て享受していた最高の権威が齎す幸福よりも、もっと立派な幸福がある事をサラは知った。最高の人生の知恵というものは生活状況に応ずるように自分の気持ちを鎮める事にある。外面ではどんな酷い罵詈嘲笑の重圧を受けようとも、内面では平静を保つ事にある。そして人間の心というものが、もし凡そ人生というものが何であるか、如何にこの現世が真実の幸福とは無縁のものであるかを一度でも反省するに至れば、自ら一つの幸福を現世的な援助を何ら受ける事がなくとも十分に心を充たしてくれ、また自身の最高の目的や欲求にも相応しい一つの幸福を作り出す力を完全に発揮するという事を彼女は悟ったのである。
≪サラ≫
「うん?」
≪音楽が終わった。もう一度流してくれないか≫
「ああ、うん……この曲知ってる?」
≪古いものなら何だって知ってるさ。俺達貴族はそうだろ?≫
愛という優しいものを私達二人は葬った。あの日々を私達は忘れるだろうか。冷たい屍に被った土の代わりに花と草を積み上げたのを……嘗て満ち溢れていた喜びの花、今尚残る希望の草を。逝った過去は忘れよ──しかし過ぎた昔に仇を返す亡霊が、私の心を墓に埋める思い出が、胸の暗い影を密かに過ぎる悔恨が、身の毛もよだつ声で囁く。失われた喜びはもはや苦痛に過ぎない。
≪俺は碌に薬も作れなかった≫
自然の真理のように、私の素直な青春に下りたあなたの力が、私の未来の生活にその平安を与えて欲しいのだ。あと僅かである未来の生活に。あなたとあなたを含む全ての姿を敬慕する私に。無上の苦痛と寂寥と共に生きた人よ、あなたの魔力に魅せられ、あなたの魂に囁かれ、凡ゆる人や物を愛する事を知った私に。

訪れたスネイプの為に扉を開けた一人の屋敷しもべ妖精。『こんにちは。お待ちしておりました』と静かに、だが可愛らしい笑顔でいつも迎える彼女が、今日は両手でその顔をすっかり覆っていた。この小さな生き物が主人の心をそのまま反映する性格の持ち主である事を思い出した彼は、声を一言も掛ける事なく自ら屋敷の中へと入った。サラがいる客間へと近付くに連れ、ある一定の速さを保った音が明瞭になっていった。それは音楽であった。先程見た屋敷しもべ妖精の泣き顔とこの明るい音楽が関係していると考える事は到底出来ない。果たしてあの屋敷しもべ妖精は何に悲しんでいたのであろう。サラは昔から無類の音楽好きであるし、音楽を聴き入っている時のみに浮かべるあの和やかな表情は他の何にも代える事は出来ない。スネイプは客間の扉をノックしようと右手を少し上げた。
「……一体……何だったの」
だがその時に中から話し声が聞こえ、それは微かなものではあったがスネイプの手をピタリと止めた。中に誰かがいる。彼女一人ではなく、他の誰かがいる。だがこんな事は初めてであった。先客がいるならば己が訪ねた時点で屋敷しもべ妖精から日を改めるよう伝えられた筈である。しかし彼女は泣いていた。何の言葉も発さず、己を中へ通したのだ。
「……味が、とても酷かったわ」
スネイプは上げた手を下ろし、金属であるのにも関わらず何故か温かいドアノブを掴んだ。そして音を立てる事をせず、客間の扉を僅かに開けた。その隙間からは当然の事ながら見慣れた部屋が広がっていた。しかし中は異様な程に明るかった。何も灯りの為ではない、それは暖炉の火の為であった。真冬でないにも関わらず、暖炉には赫赫とした炎が揺蕩っており、少しの隙間を求めていた暖気がスネイプの顔や身体を押し退けて漂って来た。そしてその暖炉の前にはサラ、床に座るなんて事は絶対にしない彼女が膝を抱えて座っており、その後ろ姿、ローブを羽織ったまま姿は仕事から帰宅した状態のものであった。すると彼女の顔が右を向いた、その為に彼女が珍しく優しげに微笑している事が分かったのだ。
「ずっと傍にいて……お願いだから」
しかし其処には誰もいなかった。