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Kill me outright with looks, and rid my pain



冷たい大地は下に眠り、上には冷たい空が輝いていた。辺り一面冷え冷えとした音を響かせ、氷の洞窟や雪野原から夜の伊吹が死のように、沈む月の下を流れた──アズカバン、何と末恐ろしい所か。此処が正に終焉というものだ。頭上に舞い上がっている幾多もの吸魂鬼が自分の存在を察しているのが分かると、クラウチはそれらのもっと奥、測り知る事の出来ない程に高い空へと瞳を転じた。辺りはすっかり暗くなっており、彼が眺めている南の空には既に雨雲はなかった。雨雲は反対側に群がっており、其方からは時々稲妻が閃き遠雷が聞こえた。彼は石畳から規則正しく落ちる雫の音に耳を傾けながら、馴染み深い三角形の星座と、その中心を通っている銀河とその多くの支流を眺めた。稲妻が閃く度に、銀河ばかりか明るい星までがその光に消えてしまったが、稲妻が止むとまるで狙いの狂わぬ手で投げ返されでもするかのように、再び元の場所に現われるのであった。
『バーテミウス・クラウチ・ジュニア』
いや、俺という人間には過ぎた所だ。何と静かで、穏やかで、崇厳な事だろう。友よ、どうか俺の傍に居てくれ。我が生命の灯火の消え掛かる時に。血が淀み、筋が痛みに疼き、そして胸が重く苦しく、生命の轍が回り遅くなるその時に。
『あなたの名を大切にするわ』
友よ、どうか俺の傍に居て欲しい。人間の世の闘争のその果てを見る為に、また生命の坂の暗い谷間に下り立ち、久遠の生命の光を仰ぎ見るその為に。軈てこの命が終わった時、君のみがこの地の上に啜り泣く事を願う。俺が望むのは君だ。その麗しい涙こそ無上に愛おしいのだ、涙に濡れた事のない目を持つ者の胸には。

『あんたには分からんだろうな、あんたには何も──いや、分かってたまるか』
あの男は同胞である死喰い人三人を殺害し、敵であるサラを窮地から救った。しかし如何にしてあの男は己の存在を知り、知らせを寄越したのであろうか。ムーディの私室で見た、何かを含んでいるようなあの目付き。そして忽ち変化した、人間の血がその下で脈打っているあの苦しげな老いた顔。確かに死喰い人の遺体は三つあった。門の近くに一体、そして屋敷の中に二体あり、己はそれら三体の仮面を外し顔まで見たのだ。だが翌日、魔法省の闇祓い本部が捜査に訪れた時にはどの遺体も存在しておらず、屋敷しもべ妖精の証言がなければ、彼女はたった一人で忽然と姿を消したという、何とも不可解な事件として片付けられていた。クラウチの立場ならば、殺害した死喰い人の遺体は処理したいと思うに違いない。あれ程に用心深い人物であるのだ、男は彼女を他の場所へ移動させた後、また直ぐに戻って来た筈である。とするならば、己と鉢合わせていた可能性がある。遺体は未だ屋敷に残っていた。恐らくあの男は傍から、何処か近くから己と屋敷しもべ妖精の姿を見ていたのだ。すっかり取り乱した己の姿を見てあの男は思ったであろう、この男は裏切り者であると。不死鳥の騎士団と通じ、そして闇の帝王の天敵であるダンブルドアと通じているという事も、あの男はその時に気付いたであろう。だが己は変わらずこの地位にいる──あの男は口を閉ざしていたのだ。闇の帝王の忠実な僕でありながら、敵と通じている裏切り者を野放しにしていたのだ。それは何故か。全てはサラの為である。彼女の為にあの男は沈黙する事を選んだのだ。だがそれも今となっては、真実を知る術はないのだが。
「クラウチ・ジュニアの死刑執行日は二日後だ」
この暗い家に依然として私はいる、この陰惨な街並みのこの家に。此処で我が胸は常に動悸を打ちながら、たった一人の友の手を待っていた。だがその手をもはや握る事はない──明け切らぬ暁がこの家に忍び来る。友は既にこの世におらず、生活の響めきが遥か彼方では再び始まっているのだ。そぼ降る小糠雨の中、物の怪の如く人影もない街に忙しい一日が明けていくのだ。
「助けに行こうなどと考えるな」
しかしクラウチの死刑執行日が既に過ぎている事をサラは知っていた。スネイプの耳に入った情報は撹乱であり、魔法省は闇の帝王復活を手助けした男を数日生き長らえさせる事はしない。随分と昔に彼が言った通りの事、クラウチ家は朽ち果てたのである。彼の名、彼の存在がなくなった世は何事もなかったかのように変わらず稼働し続けており、しかしこの先に待ち構えている恐怖を人々はその身に感じている。彼が齎した暗澹たる闇の時代の再来。身の毛もよだつ冷気が皮膚から入り、辺りに響く事のない悲鳴がそこら中で生まれては、死が歩んだ後のようにひっそりと静まり返る。病葉の間を縫ってポトポトと地面に落ちる音に耳を澄まし、我々、闇に立ち向かう人々は彼等の襲来を待つ。静けさと静かなる光の行き渡るは彼方の大平原、遥々と散らばる秋の日の四阿、群がり寄り合う魔法族の家、小さく見える遠い塔、英国の果てを限るあの大海原。静けさと深き安らぎの行き渡るはこの広い大空、紅葉して散り行く木の葉、そして我が胸にもこの静けさがあるならば、もしあるならば、それは静かなる諦めである。静けき大海原には銀の眠り、波は揺り籠を揺すって眠り、あの友の胸には死者の静けさ、高まる波とのみ高まる胸。
「何故私が?」
「友人であったのでは」
この日は一日中、サラは同僚や騎士団員と話していても、家で屋敷しもべ妖精やスネイプなどと話していても、絶えず彼女の心に掛かっていたただ一つの事ばかりを考え続けていた。そして凡ゆるものの中に、自分とは一体何者であるか?自分は何処にいるのか?何の為に自分は此処にいるのか?という疑問に対する相互関係を捜し求めていた。
「馬鹿な事を。そんな訳ないでしょう」
何の為にこんな事をしているのだろう?サラは考えた。何だって私は此処に座って、彼とこんな話をしているのだろう?我々の計画など上手くいく筈がないではないか。魔法省の連中だって全くの役立たずだ。あの連中ときたら皆あくせくして、自分の働き振りを周りに見せようと骨を折っている。あの腰の重い大臣まで、何だってあれ程に向きになっているのだろう?今日明日でなくとももう十年もすれば、彼も土の中に埋められてしまい、その後には何一つ残りはしないのだ。そうだ、誰一人残らず直ぐに土に埋められてしまうのだ。結局はそうなのだ、それに何より重大な事は、何もあの連中ばかりでなくこの私も土に埋められてしまい、後には何一つ残らないという事だ。これは何の為だろう?一体何の為だ?
≪サラ≫
愛する人、月はあなたの唇を蒼ざめさせ、風はあなたの胸を凍えさせた。夜は愛しいあなたの頭に凍った露を降り注いだ。そしてあなたは横たわる。昏れた空の刺すような伊吹が自由に、あなたを訪れる所に……。スネイプはサラの灰色の双眸を見詰めた。眼前にいる彼女が己ではなく、何かを見ていたからである。己の肩の背後、部屋の扉辺りに彼女の意識は向いていた。彼女は微塵も表情を変化させる事をしなかった。己の口からあの男の名が出ようと、あの男の死刑執行日が言い放たれようとも、彼女は眉一つ動かさず、瑪瑙宛らの静謐さをその身に纏っていた。
≪お前は嘘が下手だ≫
しかし瞬く間にサラのその美しい顔からは、一目見て分かる程の慄然さが露呈した。彼女は一切の人間と一切のものから、自分の存在を鋏で切り離しでもしたように感じた。ああ、私はあの眼差しから離れる事は出来ないのだ。死は力尽きた時にやって来る。早く余りにも早く。そして眠りは去る時にやって来る。だが私は何方も求めない。愛する夜よ、私はお前に求める。直ぐに飛んで来て欲しいのだ、すっぱりと目付きで私を殺し、この苦痛を終わらせて欲しいのだ……。