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Give me new phoenix wings to fly at my desire



『バラデュール』と彼が放つ、威のある重低音の響きが胸の内に入って来て、私の意識はすっかり彼に向く。木々は秋の美の最中にあり、森の小道は乾いていた。十月の夕明りの下で湖水は静かな空を映しており、岩々の間に漲る水面に数羽の白鳥が浮んでいた。初めて数を数えてから十数年目の秋が来た。未だ数え切らぬ内に、 突然一斉に舞い上り、騒がしい羽音を立て、大きな切れ切れの輪を作って飛び去るのを見た。それからも私はこの輝く鳥達を見て来た。そうして今、この心は痛んでいる。あれから何もかもが変わった。あの時は、夕暮れにこの湖畔で、初めて頭上に鳴り響く羽音を聞き、今よりも軽い足取りで歩んだのだが……。今も倦む事なく愛し合う同士が連れ添い、鳥達は冷たく心地良い流れの水を掻き、或いは空に舞い昇る。この者達の心は老いを知らぬ。何処を流離おうと、情熱と征服欲は常にこの者達と共にある。しかし今、鳥達は静かな水の上を漂っている、神秘に満ちて美しく。何処の葦間に巣を作るのか、どの湖の畔で、どの池で人間の目を楽しませるのか──私達は何も話してはいなかった。ただ正面を向いて歩いており、しかし互いの足音或いは魂を感じ取っていた。『サラ』と右側にいる彼が私の手を取った。乾燥した大きな手が私を包むと、私はゆったりと背後へ流れて行く景色を眺めながら涙を流した。前へ歩く度にポトリポトリと一粒ずつ地面へと落ちていく涙。自分でも何故泣くのか分からなかった。悲しくもなく、かといって幸福でもない。私は彼に『セブルスはどんな風に、魂の為に生きているの』と尋ねた。私は今の今までその事だけを考えて生きて来た。それでも答えが出せずにいたものを、彼は既に持っている気がした。彼はそういう人間であるのだ。どんな風に生き、どんな事をその魂の為にしているのか。しかし私は彼の顔を見上げる事が出来なくて、彼の魂と繋がっている手に僅かに力を入れた。すると彼は答えた。そのまま歩き続けたまま、彼は息を吐くようにしてその答えを言った。

サラは目蓋を開けた。狭い視界から此処が自分の寝室である事が分かったが、部屋は少しばかり明るくなっていた。先程まで見ていた夢とすっかり混乱しており、彼女は昨夜の記憶を辿ろうとした。だが直ぐに右隣にいる人間の存在に気が付き、彼女は其方へ顔を恐る恐る向けた。あの問いに対する答えがその口から出て来そうで、躊躇いがちに彼へと瞳を転じた。既に起きていたスネイプは本を読んでいた。その本はサラが眠る前に読むのに寝台の脇に置いていたものであった。最初から読み始めたのであろうが、もう半ばまで頁が捲られていた。彼女の頭にはあの問いとは別に幾つかの問いが新たに浮かんだ。何故未だ此処にいるのか。何故その本を読もうとしたのか。性行為の後、彼は直ぐに姿を消す性格であり、朝まで同じ寝台で過ごすなんて無駄な事を一度もしなかった。そしてその本、そのような何の知識にもならない本を彼が読むなんて事は有り得ない。ある程度読むとそれを放り投げる彼が容易に想像出来たが、現実は全く異なり、彼は一度読み始めると最後まで放棄しない性格であったらしい。
「起こした方が良かったか」
「いいえ、良いの」
己を見上げているサラにスネイプは一瞥を投げると、直ぐにまた本へと視線を戻した。彼女のその驚いた表情は少しばかり彼を居心地悪くさせた。驚いている訳を彼は自覚していたからである。何故こうやって、いつまでも此処にいるのか。それは彼女の傍にいたいからである。性行為の時だけではなく、それ以外の時であっても彼女の事を近くで見ていたいからである。しかしそれらはサラにとって非常に迷惑な話であり、スネイプはそれを熟知しながらも、その感情を抑える事が出来なかった。彼女が眠っているのをいい事に、朝までその寝台から抜け出さず、暗闇の中であれこれと思考を巡らせていた。このように暗闇の中にいると、以前であれば過去の事、決して幸福とはいえない過ぎ去った時間の事を考えた。しかし今は、彼女の顔を見ている時は未来の事を考えた。己の幸福の可能性、何としてでも叶えたい幸福が己にもあるという事を自覚したのである。スネイプはサラの事、クラウチの事、二人の愛の事を考え、彼女の過去に嫉妬をしたり、その事で己を責めたり許したりしていた──必要なのだ、どれ程に奇妙で、どれ程に不可能であろうとこの幸福が。凡ゆる事をしなければならないのだ、彼女と夫婦になる為に──彼は心に言った。
『君の事は愛していない』
正に冥々とした夜宛らであった彼の顔、彼の目。黒い雲は星を闇で隠しながら既に空を覆い始めており、夜は再び静かに、そして瞬く間に曇っていた。彼にあのような表情を浮かばせ、苦しめているのは他でもないこの自分である。自分は彼を友人として大切に思っているが、しかし愛してはいない。愛してはいないのだ。それを幾度も考え、そしてそれを改めさせようした。自分が彼の愛に応えたら良いのだ、それだけで彼は少なからず幸せになれるのだ。だがそう考える度に、スネイプを愛していないという事が益々明瞭になって来ては、栗色の髪を持つ男が脳裏にまざまざと浮かんで来るのであった。何故他の人間を愛する事が出来ないのか。それは恐ろしい程に、サラがあの男を愛しているからである。彼女の世界は未だにあの男中心に回り続けており、彼以外のものは全て添え物であり、彼女の中に存在する愛は全て彼に向けられているからである。スネイプを愛し、彼から愛されるという生活は幸福で、豊かなものとなるであろう。彼となら幸せになれるのだ。
「……おはよう」
前回会った時よりも、彼の髪が少し伸びているように思われた。彼の髪はある程度伸びると髪の畝りが顕著になる。下を向くと目元に髪が掛かる為、上を向く時に僅かに顔を動かしてその髪を退ける。邪魔だと思うのなら何故切らない?と学生時代には思っていたが、大人になるに連れてその仕草に色気を持つようになっている。いやその仕草だけではない、全体的にそれを身に纏っている。彼は完全に無自覚ではあるが──己を見上げたままであるサラの固定された視線、己の横顔を凝視している視線に耐え切れなくなり、スネイプは遂に本を閉じた。いつまでも己が此処にいる為に彼女の機嫌が損なわれたのだと彼は思ったのである。その視線に驚きが混じっていた最初の時点で寝台から抜け出し、身支度を済ませなければならなかったのだ。勘違いしてはならない。己は用もなしに彼女の傍にいる事は許されないのだ。スネイプはサラの戸惑いを帯びた挨拶に「ああ」と返事をした。早く出て行ってという心の声もそれと同時に聞こえた。彼はブラウスのボタンを上まで閉めると、上着に腕を通した。その時、上着から彼女の香水の香りが微かに漂って来ては、爽やかなハーブの匂いが彼の胸にゆったりと滲んでいった。
「私達、散歩とか行ってないわよね?」
「散歩?」
「……ごめんなさい、夢だったわ」
あの自分の問いに、果たして彼は何と答えたのだろう。いや、それは彼が持つ答えではなく、自分自身が持つ答えなのであるが、彼女は無上に気になった。長年抱き続けた問いには、無意識の内に既に答えを出しており、それをすっかり受容しているのかも知れない。それを知る術を今は明確に浮かばせる事が出来ないが、生きている限りその答えを知る事が出来るであろう。そしてただ生きるのではなく彼の傍で生き、目的も何もかもが失われた時に彼に尋ねるのだ──願いのままに飛び渡る新しき不死鳥の翼を与え給え。ああ、そうだ、私には未だやらなければならない事がある。未だ死ぬ訳にはいかないのだ。胸は空気を吸っているのではなく、何かしら永遠に若々しい力と喜びを呼吸しているようにサラには思われた。

Khalid - OTW ft. 6lack, Ty Dolla $ign