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I’ve got you under my skin



*性的表現あり

サラが自分ではない、他の人間に愛されると一種の恐怖を抱くのは昔からであった。様々な幻想を抱いている相手を酷く失望させたい、自分はそのような人間ではないという事を相手に突き付けてやりたいと思うのである。そして相手が自分といる時に浮かべる、その幸福そうな、誠実そうな表情も気に食わなく思うのである。この人は私の何を知っていて、そんな顔をしているのだろう?人間は自分の事すら正確に理解する事が出来ないのにも関わらず、相手の事を知った気になり勘違いをするのだ。サラにとっては好意を寄せて来る人間を利用する事など容易いが、良心というものが気難しい彼女にも少しはあり、相手に想いを告げられる事のないように常に気を配っては距離を取っていた。それ故に彼女は寂しさを細波のように感じる時があるが、人間関係に於けるあの煩わしさや脆さと比べると、自らを陥らせている孤独は無上に好ましく便利なものと考えていた。しかし、そのような絶対的なものであった聖域が危機に直面していた。ある人物がサラに愛を向けたのである。それが友人のセブルス・スネイプであった。その愛は利用や目的などという利益のある愛ではなく、至って誠実な無償の愛であった為に、余計に彼女を混乱させた。彼は彼女を抱く時、極力素肌に触れないように気を付けていた。唇にキスをする事をせず、服の上からであっても胸や尻に触れなかったが、しかし全身で彼女に愛を語っているようにサラには思われた。いつスネイプの口からそれらしい言葉が出て来るかは自分次第であるという事を彼女は分かっており、自分が彼に愛を向けた時、彼が初めて愛を口にするであろうという事は確信に近かった。何故彼は私を愛しているのだろう?彼女は彼を、新しい愛とは無縁の男であると思っていたし、これから先もずっと彼は自分に対して何の感情も、彼の特別なものの一つにさえ数えられない存在であると思っていた。その事に安堵していた為に友人という関係を築く事が出来たのだ。それはやはり、肉体関係を持ち始めてから彼の愛は顕著になっていった。彼は全くの勘違いをしている。高鳴っているであろう彼の心臓の鼓動も、細胞一つ一つにまで及んでいるであろう興奮も、何もかも勘違いであるのだ。スネイプは自分以外の人間を信用出来ないが為に、そのような感情を自分にしか向けることが出来ないが為に、彼は履き違えているのだとサラには思われた。如何にしてその考えを正し、元の彼に戻すか。それは他でもない、自分が彼を愛していないと言う事にある。しかし彼の事だ、肉体関係を解消すると再び以前のような気まずさが彼の内に流れるに違いない。自分はそれが嫌で堪らなかったのだ、友人であり良い話し相手である彼をこのまま失いたくはない。先日スネイプから貰ったペンダントを、サラは一度も身に付けずに引き出しに仕舞ってあった。貰った事に対しては何ら不思議はないが、女に宝石を贈るとは何と大胆な事だろう。宝石をよく身に付けているから、彼の頭にふと浮かんだのであろうか。しかしそれは正に彼女好みの物であったのだが、その事が何故だか腑に落ちなかった。自分の事を理解しているのは自分だけで良いし、友人関係に於いてそのような高価な物の贈り合いなど望んではいない。彼女が求めているのは単なる話し相手である。彼は全くの勘違いをしている。それは愛などではない、彼が嘗て抱いたようなものではない──と思いつつも、今までにそのような相手を散々に冷たく扱い無視して来たサラであったが、スネイプには到底そんな事は出来る筈がなかった。彼は唯一無二の大切な友人であるし、何より彼は聖人ではないが少なくとも善良と言える人間であり、自分にはない崇高な世界を持っているからである。自分に向けるその静かな愛も、自分にはない世界の一つである。

肉を叩く音と共にスネイプの腰が打ち付けられる。その律動はサラの柔らかな奥底を幾度となく突き、性器の先端を強く擦り付ける。猛る性器で秘められ隠された温かな穴を撫でると、敏感に四肢をびくつかせる姿。己によって彼女が感じている、その明確な事実に、彼は眩暈の中に至福と歓喜を感じていた。彼女の白い太腿に腕を巻き付けると、更に深々と体重を掛けて自身を沈み込ませていく。悲鳴染みた吐息を耳に、沸き上がる期待の実行を止める事はない。一分の隙もなく密着を果たした互いの結合部は一つとなり、スネイプの荒々しさを増した腰の動きがサラを襲う。上から覆い被さり一心に腰を振りたくる姿はどう見ても一匹の獣で、反対に彼女は雄を受け入れ悦楽を顕にする雌そのものであった。しかし先程まで感じていた眩暈の中の至福と歓喜は、吐精感が高まるに連れて薄い空虚のようなものに思えた。これが恋人或いは夫婦ならば、このような行為にも全て意味があるというものだ。愛があり、優しい眼差しがあり、相手を思う慈しみ深い仕草がある。こんなにも私は君を愛しているのだが、果たして君はどうなのだ。君が私を愛してくれさえしたら、私は他のどんな事も望まぬ。何一つ望まない、私の未来は君次第であるのだ。君という人間にも愛があるのであれば、それを私に向けて欲しいのだ。スネイプの鬼のような責めに、救いを求めるようにサラの手がシーツを手繰り寄せる。既に皺に乱れていたシーツを握り、だが直ぐに彼がその手を掴まえてそれぞれの指を絡ませ握ると、泣きそうに歪めた顔で彼女は微笑した。綺麗な形を保ったまま笑うその薔薇色の唇が、彼にとっては何とも不思議であった。それにキスをしたいと衝動的に思っても、その何処か泣きそうな双眸が彼を押し留めるのである。スネイプがサラの服の下にある肌に触れず、唇に触れないのは彼女を泣かせない為である。彼は女の扱いが上手ではなく、殆どの女に酷い態度を取り、嫌われる事を散々して来たが、彼女の泣き顔は見た事がなかった。弱さを持ち合わせていない彼女であるが、他でもない己によって彼女が泣くところなど見たくはなかった。女の事は何一つ分からない、だが恋人でもない男に素肌を触れられるなど嫌に違いないと思った為である。だが眼前にある女の魅力に溢れる美しい姿に、当然スネイプの渇望は酷くなる一方であった。上質な衣服を力任せに破り、下着を脱がし滑らかな乳房をこの手に収めたい。揺さぶる中、その唇に噛み付いて濃厚なキスを交わしたい。互いの舌を絡ませ、溢れる何方の唾液ともつかぬものに喉を鳴らしたい。それらの欲望が行動に移る、崩壊寸前の理性が食い尽くされようかというところで、彼は目蓋を固く閉じた。彼女は私を愛していないのだ。彼女の愛が私に向けられる事などないのだ──サラは何かをぐっと堪えているスネイプの顔を見詰めた。ああ、彼は私に夢中だ……やはり彼はこの私を愛している。今、彼に触れたらどのような表情を浮かべるだろうか?伸びた黒髪、痩けた頬、浮き出た肋骨、厚みのある腕。彼女は彼と初めて致した時、彼の頬をするりと撫でた。彼は嘸かし驚いた様子で彼女の手を見、そして何もしない事を看取すると、その手を取り口付けた。彼女はその彼の表情、無上の苦衷に沈んだ顔を見て、彼は自分を愛しているのではないかと疑問に思った。以前にも彼の愛を感じる時はあったが、彼女が彼にさせたあのような表情は全く初めてのものであった。

「冷たかったか」
唐突にスネイプがサラの右手首に触れた為、彼女は本を持っていた両手をびくりと震わせた。彼のその薄いブラウスの下にある左手首には闇の印が存在する。ボタンが外れている袖は大きく広がっており、その隙間から印を見る事が出来そうで、彼女は自分に伸ばされた手を凝視した。彼女の一連の動作が見事に固まった為に、彼はそう尋ねた。しかし彼の手に冷たさは微塵もなく、その容姿からは想像し難い程に寧ろ熱いものがその手には存在した。
「驚いただけ」
「この痣、どうした」
スネイプは指先に熱を集めるように一度左手を握り締めると、サラの右手首をそっと掴み、彼の方へと引き寄せた。彼女は反射的にその手を引っ込めようとしたが、まるで薬品を扱うようなその繊細な手付きと、黒髪の影にある一瞥の弱い闇色の目がその心理を思い留まらせた。彼女はそのような彼に驚いたのである。性行為中でないのにも関わらず彼に触れられた事、そしてたかが痣一つを気に掛ける彼に驚いたのである。スネイプの左手はサラの手首を支え、彼の右手は色が変化した薄い皮膚の上に置かれていた。今、彼が何を考えているのか分からない。彼女は彼が考える大抵の事を把握する事が出来るが、今の彼の頭の中がどうなっているのか見当も付かなかった。その為に、彼女は彼の傍にある右手をゆっくりと自分の身体の方へ戻した。彼の両手からするりと難なく外れた右手には再び本を持たせ、震えを抑え込んだ。
「私は、君に何かしたか」
「あなたが怖くて」
「怖いだと?」
サラはまざまざと感じざるを得なかった。罪の意識に心を固く閉ざし、生を憎んでいた友人が変わりつつある事を。そしてあのある一種の恐怖の念を、本人を前にして感じた。冷たい心を持つ彼女を混乱させた愛、その愛は利用や目的などという利益のある愛ではなく、至って誠実な無償の愛。全身で愛を語る魂、彼女次第でそれらしい言葉が出て来るであろう口。彼は全くの勘違いをしている。今も尚高鳴っている彼の心臓の鼓動も、細胞一つ一つにまで及んでいる興奮も、何もかも勘違いであるのだ。彼は自分以外の人間を信用出来ないが為に、そのような感情を自分にしか向けることが出来ないが為に、彼は履き違えているのだ。
「私の事を愛しているのね」
「……サラ」
「あなただけは違うと思ったんだけど」
「君の事は愛していない」
彼は全くの勘違いをしている。それは愛などではない、彼が嘗て抱いたようなものではない。だから自分を愛そうとしないで欲しいのだ──すると、サラのその灰色の双眸にスネイプの顔が映った。彼の顔、彼の目は正に冥々とした夜であった。黒い雲は星を闇で隠しながら既に空を覆い始めており、夜は再び静かに、そして瞬く間に曇った。血の塊と共に吐き出された言葉に彼女は背を向け、鏡台の引き出しからペンダントを手に取った。
「これ、返すわね。私には気を使わなくて良いわよ」
サラはスネイプが自分に投げ掛けた視線を受け止める事なしに、ペンダントを彼の手に渡した。彼は何も言わなかった。いや、恐らく何も言えなかったのだ。彼女は微動だにしない彼から逃げるように寝室から出て行った。自分を愛している彼が怖かったし、それに何より、そんな彼を平気で傷付けている自分が恐ろしかった。彼は唯一無二の大切な友人である筈である。彼は聖人ではないが少なくとも善良と言える人間で、自分にはない崇高な世界を持っているのに。自分に向けるあの静かな愛も、自分にはない世界の一つであるのに。サラは別の部屋に入ると扉を閉め、そのまま地面に座り込んだ。膝を抱え込む際に見えた右手首にある痣が、ある一つの情景を彼女に想起させた。クラウチがこの手を取る時はいつも恐る恐るといった感じで、微かな驚きの閃きが彼のその茶玉の目、深い呻吟さと野望が張り付いた目から放たれていた。今、彼は一体何処にいるんだろう?何をして、何を考えているんだろう?ああ、そうか、彼はもう死んだのだった。しかし何故、彼という人間は死んだのに、自分という人間は生きているのか──愚かな事とは思う、死人の面影をいつまでも追うのは。分かってはいるつもりだが、彼の存在はもはや彼女の一部になってしまった為に忘れる事など出来ないのだ。愛というものは何と恐ろしいものだろう。様々な愛が存在するが、人間はこうして狂っていくのだ、こうして人間は自らを殺めるのだ、屈辱を感じない為に。それはもう幾度となく繰り返した思い出や想像の堂々巡りを、更にもう一度繰り返した結果に過ぎなかった。それは相変わらず永遠に失われた幸福の思い出であり、将来の生活が全て無意味だという想像であり、やはり自分の屈辱を意識する気持ちであった。クラウチはいない。たった一人、真摯に愛した人はもういない。

Frank Sinatra - I’ve Got You Under My Skin