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In dear-nighted December



ハンスは食事中、サラに対しただの一度も質問をしなかった。終始、彼の淡褐色の目には幻想的な明かりがあった。彼女の手首を掴み、態度を詫びた際にちらりと現れて以来、それはもうずっと其処にあった。そのような明かりを持つ目を初めて見た彼女は、その目、彼の顔を見るのが好きになった。幻想的な明かりは彼が時折する悪戯な表情や、片方の眉を上げた表情、ゆったりと瞬きをする表情などを更に魅惑的にした。レストランの窓から差した日の光がその淡褐色を通るとそれらは燦き、サラに様々な幻を見せた。彼女は懐に仕舞ってある杖の存在を忘れ、魔法界の事を忘れた。ああ、このように騙されるのだ。彼と出会い、話をした人間はこのように陥るのだ。彼女は魔法を操る事が出来ぬマグルの恐ろしさをその身に感じた。ハンスのさっぱりとした髪、髭に覆われた口元、顕になっている大きな耳と突き出た喉仏。久方振りに彼女の視界に迫った男の魅力は、彼女の視線を独占した。彼はその微かに熱を孕んだ視線を離さずに、サラの高尚たる美しさに触れようとしたが、だがやはり触れずに彼女の傍にいた。
≪楽しい一時をありがとう。君からの電話を待っている≫
サラは機中、小さな用紙に書かれた字を眺めていた。驚く程に綺麗な字体に癖はなく、正にハンスという男そのものを表していた。その下に綴られた数字の羅列からも、彼の香りや雰囲気が漂って来ては彼女の精神を拉した。彼女の搭乗時刻の方が早かった為に、彼はゲートまで彼女を送った。非常に広い空港ではあったが、二人で歩いているとその距離も短くなったように思え、直ぐにゲートに着いた。ハンスは「また」と別れの挨拶をすると、そっとサラの手に触れた。武器を扱うその無骨な手は彼女の手を握る事はせず、ただある物をその手に忍ばせただけであった。折り畳まれた小さな用紙の感触に、彼女は彼を困らせる言葉の一つや二つ言ってやろうかと思った。彼はどんな表情をするだろう。きっとその幻想的な明かりは消える事はなく、益々その存在を主張する事であろう。その訳を、サラは知っていた。

「マグルが開発した得体の知れない、奇妙な乗り物の感想は?」
到着ロビーにはスネイプがいた。片手にはマグルの新聞を持っており、椅子に座って時間を潰していたのだ。普段の格好でなかった為に彼の雰囲気は変わってはいたが、その嘸かし機嫌を損ねている顔で直ぐに見付け出す事が出来た。早く彼を魔法界へ連れ去らなくては、このままではうっかりと称した杖の一振りを仕出かす可能性が高い。彼は持っていた新聞を近くのゴミ箱に捨てると、サラの姿を頭から爪先まで眺めた。その闇色の虹彩は、どんな魔法や魔法薬に劣らず彼女に安堵を齎した。
「案外楽しかったかも」
「それはファーストクラスだからだ」
「セブルスが全部手配してくれたお陰ね」
「君のような世間知らずはその席しか向いておらん」
スネイプはマグルの世界で十分に生きて行ける類の人間であった。マグルの事を見下してはいるが、特に彼等の営み、その思考や編み出す物体の構造を難なく理解する事が出来るのである。それは彼の父親がマグルであったという事が関係しているのだろうが、何より彼は未知のものを恐れなかった。その為に、マグルが扱う物を使いこなし、分からなければ調べるといった非常に面倒な事もやってのける。其処には自覚する事のない好奇心が彼に働き掛けており、彼はそれを放置する事なく、その怜悧な頭脳でもって理解するのである。サラはそれが出来ない人間であった。彼女は彼と同様にマグルの事を見下していたが、彼とは異なりマグルの凡ゆる事を理解しようとしなかったのである。
「空港でね、あなたと瓜二つの人がいたの」
サラはスネイプに言うべき事柄かどうか分からずに少しの間躊躇ったが、結局吐き出す事にした。彼を見ると何故か何もかも話してしまうのである。自分の考えを話し、彼の考えを求める。そしてその考えに納得したり、或いは反対したりするのだが、彼は彼女の話を遮る事なく聞いては、何の感情も動かす事なく言葉を放つ。そのような技を揮う人間はサラの周りでスネイプただ一人であった。彼以外の人間は自分の考えに納得されると嬉しがったり、また反論されると表情が固まったりする。それに対処する事が彼女にとって全く面倒な事であり、ただの会話なのだ、そんなものに感情を一々働かされては此方が疲れてしまうと飽き飽きするのであった。
「……ポリジュース薬か?」
「違う、マグルよ。写真を撮れば良かった」
写真ではあの幻想的な明かりを写し出す事は出来ないだろうとサラは残念に思った。しかし、彼女を見る事によって姿を現すそれは、スネイプもまた同様であった。虹彩と瞳孔の識別が難しい彼の目を彼女はハンスのように見詰めた事はなかったが、スネイプは友人である彼女を愛していた。その事を彼女はよく分かっていたが、深く考えた事はなかった。彼からの愛は彼女にとって当たり前の事であった為に、特に気に留める程の事でもなかったのである。
「どうした」
「多分その人テロリストなの」
「……何だと」
「テロリストというか泥棒かな……アメリカで問題を起こしそう」
「とんだ輩だ」
「あなたのような顔立ちの人はみんな人生踏み外すのかも」
「笑えん」
「マグルの世界も大変だなあ」
しかし、スネイプのその明かりは今までとは異なる色を帯びて来ていた。それはサラをただの友人として見ているのではなく、一人の女として見ている事にあった。彼のその無造作な態度には顕著に表れてはいないが、彼の一瞥や声色には幾らでも愛を見出す事が出来る。スネイプはサラを愛している。その事に気が付いた時、彼女はその愛を受け入れ、彼に対する愛を顕にするであろうか。それともその愛を拒絶するであろうか。それともその愛を受け入れはするが、彼に対して愛を顕にする事はしないであろうか。
「そういえば、またアメリカへ出張なの。宵々の侘しき十二月に」
「そうか」
「手配してくれる?」
「自分でしろ。仕方を教えてやる」
「機中でのテロだけは止めて欲しい」
「マグルの開発する物は欠陥だらけだ。間違っても杖だけは預けるな」
スネイプはサラの横顔を見た。疲労が少し現れてはいたが、初めて訪れたアメリカが思いの外楽しかったのだろう、終始その顔には快活な微笑を浮かばせていた。 彼女は余り娯楽に身を投じる事をしない仕事人間であった。休日でも外へ出る事をせず、ただ仕事の事を考え、あれこれと物思いに耽っている。何事も器用にこなせる能力を持っていながら、何事にも興味がない性格の為である。煌めく明眸、垢抜けた容姿を持ち合わせている彼女であれば、人生など容易く生きる事が出来る筈であるとスネイプはいつも思う。特に恋愛に於いては……。
「……真逆、預けたのか」
「行きだけね。乗務員に頼んでわざわざ持って来てもらう、あのシステムが玉に瑕かな」
「溶け込めとは言ったが、完全にマグルになれとは言っていない」
「今度は気を付けるよ。ところで、電話ってどうやって掛けるの?」
いや、恋愛の事など考えるべきではない。特にサラの恋愛など、そんなものは己に息苦しさを与えるだけである。スネイプは、彼女の魂に一番近くにいる人間は自分自身であると自負していたし、彼女を尊敬し、大切にし、愛しているのも自分自身だけであると確信していた。そして彼女が不幸になった時、或いは幸福になった時、その事を一番に感知出来るのも自分自身であり、当然その軸になるのも自分自身であると思い疑わなかった。それは何故か。サラが愛していた男は死んだからである。
「マグルとは関わるな。奴等は信用出来ん」

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