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Just the two of us



*性的表現あり

「あれから考えた」
スネイプは切り出した。向いにある革のソファーに腰掛け、空になったチョコレートの包みの模様や綴られた言葉を眺めているサラに。ガラステーブルの上にはいつも菓子や果物が並んでおり、それらに手を付けるのは彼女だけである。彼は今日もきっちりと化粧を施された綺麗な顔を見た。この顔を真面に見ると怖気付く己がいる。しかし、切り出したからには後戻りする事は出来ない。
「私はてっきり絶交されたのかと」
「そのつもりだったが?」
「え、そうなの?」
「任務優先だ。君とは今まで通り、」
「友人ね」
今のスネイプには友人という単語が無上に腹立たしく感じられた。何故己はもっと早くにサラを愛さなかったのだろう。何故己はもっと早くに彼女を己のものにしなかったのだろう。そうしていたら今頃は、己は彼女の友人ではなく、彼女の隣にいる事を許される恋人になっていた筈である。
「良かった。私、友達いないから話し相手も当然いないの。それで、あなたの要件は?」
友達がいないという言葉の本当の意味を全く分かっていないサラに、スネイプは再び瞳を転じた。闇色の虹彩は非常に分かり難いが、虹彩の中央には瞳孔がある。その瞳孔は虹彩が伸び縮みをして、入る光の量を調節している。しかしそれだけではなく、その瞳孔は感情によっても作用される。彼は彼女を見る事によって明瞭になる、あの清々しいまでの末恐ろしい感情をひた隠しにした。瞳孔を大いに広げたまま。
「性行為だ」
珍しい事にサラが眉間に皺を寄せた。それと同時に、その言葉によって初めてあの出来事を想起したようにも見えた。スネイプはその彼女の表情、奇妙な現象が起こったあの夜の事をどのような感情でもって眺めているのかを読み取ろうとしたが、その彼女の瞳からは出来なかった。
「……そんなに良かった?」
「他は信用出来ない」
「おちおち隣で寝てられないと」
「全てが終わるまでは、君は何もしないと言ったからな」
サラは本当に己の頭の中から彼女の存在を消すつもりなのであろうか。全てが終わり、互いが生きていたら──実に彼女は空想家だ。そんな未来などありはしない。この先に待っているのは我々が最も恐るべきものであり、それを乗り越えるという奇跡、そして互いが生き残るという驚異。その末に、己の頭の中から彼女の存在を消すだと?君は何も分かっていない。君は何と勝手な、何と鈍い女だ。
「そんな事で、あなたの気まずさがなくなるなら」
灰色に沈んだ瞳は煌めく事なしに、僅かに微笑した。この顔、仮面を付けたような彫刻宛らの顔を真面に見ると怖気付く己がいる。それはサラを愛する他ないという事、彼女以外には不幸も幸福も何もないという事が単純明快になる為であった。

スネイプとサラは今回も衣服を身に纏ったまま性行為に励んだ。初めて訪れた彼女の寝室には香水の香りが漂っており、鏡台には女が所有する物が幾つか並んでいたが、寝室も同様に殆ど物がなかった。彼女が本当に此処で眠っているのか疑われる部屋へと通された彼であったが、彼女のその後ろ姿を眺めると、あの夜に見た深淵が再び彼の頭の中に現れた。ああ、あの深淵が待っている。己があの深淵を覗き込んだら最後、瞬く間に狭間へと落ちて行くであろう。しかし、スネイプは深淵の存在をその身に感じながらも、其処に身を投じる事はしなかった。深淵の険阻な狭間を伝う轟きを遠くに認めながら、サラの限られた肌に触れた。彼は何一つ忘れてはいなかった。彼女の香り、体温、美という全く恐ろしいもの、そして静かな悲鳴。彼女はわざとらしい、快楽に満ちた声を上げたりはしない女であった。欲望のままスネイプの手は彼女の腰を掴み、ゆさゆさと緩やかに揺さぶっては膨れ上がった性器を押し込んだ。何度も繰り返される前後運動は彼女の内側を執拗に擦り上げ、隙間なく暴いては彼が味わい尽くした。ゆっくりではあるが、突き入れる度に硬度共に存在感を増して行く性器は凶器にも近く、目に見えて来た絶頂へとようやく昇ろうかという彼とは反対に、彼女の体力は既に限界を迎えていた。サラは絶頂を迎える時にのみ息を震わせる。言葉は全てただの飾りであると思っており、また、互いにそれを嫌っている事も知っている。静寂の中で、異常に高鳴る心臓と感情の轟音を聞きながら性行為をする。何という興奮、何という非現実であろう。スネイプは両手を彼女の腰から、シーツを握っている彼女の手へと移動させた。あの夜に初めて己に触れた彼女の冷たい手。頬をするりと撫でた、己を傷み付ける事も侮辱する事もなく、ただ触れただけの手。彼はその手を取ると、あの夜と同様、長い指にある関節に唇を寄せた。私は君を忘れない。忘れたくないのだ。すると、サラは驚いたのか眼を僅かに見開いた。灰色の虹彩の中心に存在する黒い瞳孔。その瞳孔が肥大しているのを、彼は見逃さなかった。
「腕を回せ」
スネイプは耳元で囁くと、その細い手を己の首へと導いた。もう怖くはなかった。サラという人間を怖いとは、今は感じられなかった。彼はその瞳から視線を外す事をせず真面に彼女を見た。私の恋人、私の妻、私は君を愛し讃えるのが余りに遅過ぎた。私の魂は君の魂を聖なる場所の聖なる存在として崇めていたであろうに、或いは君と出会って以来、実在の影として君の魂の傍にいたであろうに。ただ今のようにではなく……。
「優しいね、何もかも」
太陽が昇り始める時に輝く、水晶のような雨の雫の色を持つ虹彩。しかしその一方で、冬の湖のような冷たく冥々とした深い色を持つ魂。君は知らないだろうが、私は時々君の事を考えるのだ。そうすると、君のその沈んだ魂とは裏腹に、私の意識は雨の上がった空宛らに澄み渡る。君は知らないだろうが、私は君と共に過ごせたらと思うのだ。
「女には誰にでも優しいの?」
「君は一体どんな男に抱かれてきたのだ」
我々に出来ぬ事などこの世にあろうか。私を愛せ、柔らかな宝石よ。愛は此処にある、私はそれを見る事も感じる事も出来るのだ。泣く事はない、その涙では何も生み出す事は出来ない。私を愛せ、誇り高き悲しい薔薇よ。私は君を、今後不幸の一生を送るであろうという宿命から解き放つ事が出来るのだ。あの男とは違って。
「──言うな」
スネイプは左手でサラの口を塞いだ。彼女の顔を殆ど覆う程の大きな手の上から、彼は彼女に口付けを落とした。己の乾燥したこの皮膚の下には、己に微笑し、甘い物を食べ、生意気な事を言う豊かな赤い唇があるのだ。一体どんな男が君にキスをした?一体どんな男がその口紅の味を感じた?一体どんな男が──いや、何も言うな。何も。私が欲しいのは、誰も触れた事のない君の静寂さなのだ。

衣服は下だけ脱いでいた為に、性行為が終わると直ぐに身嗜みを整える事が出来た。サラは寝台の脇に浅く腰掛けてペンダントを外していたが、その後ろ姿には疲労が見えた。彼女には体力というものがない。性行為の中盤でスネイプの首に回していた腕からは力が抜けており、そのぐったりと脱力した身体を胸に抱いて彼だけが盛んに腰を振っていた。きちんと上着のボタンも全て留め、ローブも羽織った彼はその懐からある物を取り出した。それは一つの長細い濃紺の箱であった。店の印が記されている蓋を外すと、彼は中からジュエリーを手に取った。
「なに、」
「警戒するな。ただのペンダントだ」
スネイプは先程までサラの肌に触れていた物が取り払われたのを見ると、そのジュエリーを彼女の首へそっと掛けた。ダイアゴン横丁にある、人集りのない静かな店。ケースに並べて置いてある宝石、エメラルドやダイヤモンドやらのきらきらした物は人間を寄せ付けず、ただ其処に飾ってあるだけのような宝石屋。そんな店の扉をこの己が開けるとは思ってもみなかった事である。しかし、まるでその店が己の処刑台のように思え、何度あの通りを戻ろうとした事か。ただ買うだけでいい。渡すか渡さないかは後で決めたらいいのだ。そう己に向かって言い、終始落ち着き払った態度を演じていた。どの宝石も同じように見え始めると焦りで息は詰まり、正に其処は処刑台、気恥ずかしさで呼吸する事も儘ならぬ瀕死の状態に陥った。
「こんな高価な物、どうしたの?」
しかし、そのような絶望的状況でも終始スネイプを励まし、後退ろうとする彼の足を止めたのはダイアゴン横丁に姿を見せた、あの嘸かし幸福そうな野郎共であった。輝かしい、幸福以外のものをその双眸に持つ事を知らぬ若い命。ただひたすらに恋人を愛し、そして、恋人から愛されるという、己の人生とは全く無縁の幸福。ただ買うだけでいい。渡すか渡さないかは後で決めたらいいのだ。そして今日、家を出る際にはローブの懐にその箱を忍ばせていた。ただ持って行くだけでいい。渡すか渡さないかはその時に決めたらいいのだ。「どうしたも何も、買ったんだ」とスネイプは言い掛けた。しかし、「何故私にくれるの?」と返される事が容易に想像出来た。それに何て答える?「君を愛しているからだ」?いや、そんな事は言えまい。
「……セブルス?」
「帰る」
そんな事をしてもサラは喜ばないだろう。それは何故か。愛してもいない男からの贈り物などガラクタ同然だからである。増してや、今まで他人に贈り物などした事がない男が選ぶ物など全くもって酷いに違いない。そう思っていた、あの時までは。しかし、そんな正論よりも己の思考に鋭く迫るものがあった。それをスネイプはどうしても抑える事が出来なかった。ただ彼女の喜ぶ顔が見たかった。それだけである。

Grover Washington, Jr - Just the Two of Us