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Into the gray



「無理をしてるね」
「何に対して」
「この私」
そう言って己をじっと見詰めるサラの灰色の双眸。それらから逃れるように視線を合わせずにいたスネイプであったが、その試みは直ぐに打ち砕かれてしまった。任務の話をしている最中、彼は彼女を一瞥しただけであり、幾ら注意をしていても無造作な態度をとってしまうのであった。
「言わない方が良いかなと思って言わなかったんだけど、やっぱり我慢ならないから言う」
中々に生意気な宣言であるが、スネイプはこの先に控えている事をふと考えた。サラは隠し事を嫌わないが、気になった事だけは探り出す人間であり、彼もこの事をよく分かっていた。彼女からは逃げる事は出来ない。何と情けない事であろうか、他でもない彼女に心を開いたばかりに。
「滅多に此処に来なくなったし、来ても直ぐ帰ろうとするし、口数は更に少ない。あと、私の眼を見て話さなくなった」
「……それに、私はどうしろと?」
「忘却掛けようか?」
スネイプは予測していた事柄が思わぬ方向へと進んでいるのを感じた。向いに座って此方を見ているサラは、あの出来事を無かった事にしようと提案しているのだ。彼女は何も変わってはいなかった。彼女の態度や仕草には何の変化はなく、あの出来事を取るに足らない事のように考え、今正に振る舞っていた。
「あんな記憶、あっても邪魔なだけでしょう」
「君はそう思うのか」
「あなたがそう思ってるんじゃないかって」
「此処に来る事が出来なかったのは、単に忙しかったからだ」
「そう」
サラのペンダントがきらりと煌めいた。彼女が身に付けているジュエリーはいつだってスネイプの目を引き、純粋で洗練された輝きを彼に放った。あの夜の事を覚えている。あの夜も、彼女の鎖骨に触れていたのはそのペンダントであった。彼女はあの事を後悔しているのだ、それは言うまでもなく、彼女の愛している人間が他にいるからなのだ……。すると、微笑をその顔に浮かべたサラがさっと腰を上げ、前にあるガラステーブルにそっと左手をついた。そして右手を、指輪を嵌めた利き手をスネイプの顔へと近付けた。あの夜のように、彼女が彼に、再び自ら触れたのである。それも唇に。
「何を、」
「あなたの唇、冷たいと思っていたけど、ちっとも冷たくなかったわ」
何が可笑しいのか、サラは爽やかな罪のない笑顔をスネイプに見せた。何故そのような顔を己に対して出来るのか、彼には皆目分からなかった。そして、何故己はその彼女の手を避ける事が出来なかったのか。あの夜にこの手で掴んでは唇を寄せた、潤いを含んだ女の手。この手を己のものに出来たならと幾度となく頭の中で拵えては、その度に己に虚しさ与えた女の手。彼にとって彼女の存在は無上に恐ろしいものだが、そんな彼女からの意思を跳ね除ける事は絶対にしてはならない事、有り得ない事であった。
「君の性格からして、私の頭の中から君の存在を消すつもりであったろう」
「今は任務の事もあるし無理だけど、いつかはそうしたいと思っているわ。全てが終わって互いが生きていたら」
「私がそれを拒んだら?」
スネイプは忿懣を顕にするか少しばかり悩んだ。己の忿懣というものは生徒の前でこそ発揮するものであるが、決してサラの前では、サラに対してだけは発揮するものではない。しかし、幾ら彼女に怒鳴り、己の思考や感情を押し付けようとも、彼女は専らそれらを受け入れる事などしないのだが。
「それは……考えてもみなかった」
「考えておけ、全てが終わる前に。それと、唇は君の方が冷たかった」
スネイプは眼前で戸惑いを見せているサラが、己の思考や感情の何一つを理解していない事に失望をした。いや、それはある一点の事実、己が彼女を愛し、その名を大切にしている事を全く理解していないという事である。全ては以前のまま、あの出来事は何の作用も齎しておらず、勘が悪く頭の働かない女は依然として己の前に座っているという訳である。何と愚かな事だ。己は何という愚かな期待を、この女に抱いたのか。
「え、もう帰るの?」
君が嫌いだ。君という人間、ただひたすらに一人の男を愛し、幻想を抱いている人間。そのような人間が無上に嫌いだ。嘗ての己同様、どうしようも無い事で悩み、目の前の事を疎かにしているのだ。「二度と来るか」とスネイプは言ってやりたかったが、言う事など出来はしなかった。あの双眸が、あの意識が己に向けられる事を、彼は未だ諦める訳にはいかなかった。