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Red rose, proud rose, sad rose of all my days



『バラデュール』
そうだ、彼女の名字を発音する事は少し困難なのだ。その為に周りの人間は名前で呼んでいたが、私は彼女の事を名前で呼んだ事は一度もなかった。その気難しい性格、冷たい眼でもって世間を眺めるその癖が、彼女を大層落ち着き払った人間にしていた。私は彼女と初めて話をした時、自分がもし女に生まれていたならば、彼女のような人間になっていたであろうと思わざるを得なかった。それ程に似ている部分があった。しかし、あの頃の彼女は今の彼女とは異なり、随分と手に負えない、短気で議論好きな、少しばかり厄介な──いや、厄介なのは今も同様であるが、そんな生徒であった。灰色の明眸を持つ外見とは裏腹に。
『此処で何をしている』
『見て分からない?燃やしてるの』
彼女は自分の家を嫌っていた。長期休暇は学校が完全閉鎖になるまで残っては渋々帰るといった生徒であり、手紙も書かず届かず、家族の事は一切口にはしなかった。梟で届けられる郵便物なども彼女には無縁の物であり、馬鹿馬鹿しい心底役に立たない物を両親から贈られた事に嘆く生徒の事を眺めては微笑していた。しかし、そんな彼女でも両親から贈られて来る物があった。それだけはある年まで届き、そしてそれを彼女は忌み嫌っていた。それはダンスパーティー用のイブニングドレスである。
『焦げた臭いが談話室まで流れて来ている』
『此処は魔法魔術学校でしょう。自分で何とかしなさいよ』
『君がな』
宙に浮いたそれは音を立てて燃えており、小さな灰が床に落ちては山を作っていた。そんな上等なドレスが似合う人間など此処にはいない、君のような人が着こなせるというものだ。しかし、燃やす事の出来ない宝石類は杖を持っていない方の手で弄んでいた。恐らくそれらは処分する気がないのだ。それらは例え嫌いな両親からの贈り物であっても、彼女はそれらを身に付けていた。要は好みの問題であったのだ。
『結び方、分からないの?』
『これくらい分かる』
『貸して』
一年に一度しか用のないタイの結び方など直ぐに忘れ、いつも誰かに結んで貰っていた。恐らく大人になってもこのような物と無縁の世界で生きるつもりであるし、貴族の社交界に何の用もありはしない。彼女は不快げな表情のまま、杖と宝石を棚に置いて、嘘をついた私から漆黒のタイを取り上げた。何故異性の服装の着方を知っているのか分からないが、彼女の端正な顔が傍に来た為に僅かに後退った。何故そんなに不機嫌になる事があるのだろうか。そのように美しい容姿に恵まれたにも関わらず。
『参加しないのか』
『逆に誰が参加するの?あんな茶番に』
『僕』
『参加しなくても減点されないわよ』
『仕方なしにだ』
『あの厄介な先輩に誘われたのね』
タイを結び終えるとさっと離れた彼女は真面に私を見た。灰色の瞳が私の目を捉え、探るような、問い掛けるような眼をした。私はその眼を苦手としており、決まって私はその後に彼女が放つ言葉に満足のいく応えを出せないのであった。
『皆、パートナーと踊りながらも別の人の事を見てるわ。今年も同じよ。何故あんな難しい事が出来るのかしら』
私は時々、彼女の言う事にはっとする事がある。本人は独り言、大して意味のない事を言っているつもりなのだろうが、私にとっては意味のある事になってしまう。議論好きな彼女であるから、無意識の内に相手の思考を理解しようとするのだ。ただ、彼女が見下している人間にはそんな素振りは一切しないが。
『……そんなものだろう』
今でも尚、私は彼女の納得のいく応えを分からずにいる──我が生を司る赤い薔薇よ、君が言った通りの事が今も正に眼前で繰り広げられている。生徒は手を取っている人間を見詰めつつも、意識は丸切り別の方向へ向いている。この景色を君が見たら何と言う。
「私と踊って頂けませんか?」
……このような事は言うまい。広間の隅から全体を見渡し、ある程度時間が経つのを待っていたのが間違いであった。減点対象を探すなんて事は止め、さっさと部屋へ引き返すのが最善であったのだ。たった一人で此方へとやって来た女子生徒は我が寮の生徒であったが、化粧で随分と顔立ちが変わっており、直ぐには分からなかった。しかしながら、それでも未だ幼い無垢な子供がサテンのドレスを身に纏っている事が何とも不思議であった。傷のない手、ふっくらとした頬、眼の輝き、清々しい程の若い命──君達は何も知らんのだ。我々の何一つ知る由もない。我々の苦悩、死を望む心、何一つこの子供等には分かるまい。
「君のパートナーが其処にいるが」
その女子生徒の後ろ姿を熱心に眺めている一人の男子生徒が奥にいた。その顔はまるで心をすっかり捧げた男の顔をしていたが、下手すると泣き出しそうな顔をもしていた。恐らく眼前の女はその心を直ぐに捨ててしまったのだろう。男は距離を置こうとしているが、心を捧げてしまった為に女から離れる事が出来ない。女と女の冷たい心から隠れたいと思ってはいるが、いざ隠れてしまうと女は何処へ行ったか分からなくなる。引き裂かれている事を知っていても尚、それを隠しつつ、女を愛している──いや、彼等はもう子供ではない。恋愛に於いては。
「彼は友人です」
「友人は大事にしておけ」
今、男の心はこの女の事で一杯なのだ。初恋に慎み深くしろと言ってもこれは無理な話である。初恋というものは、もう喜びが滾々と湧いて胸から溢れ出し、そのままでは息の根を止めそうな、そうしたものなのだ。スネイプは最後にその男子生徒へ瞳を転じ、動揺に眼を伏せている女子生徒から離れて行った。我が生を司る赤い薔薇、誇り高い薔薇、悲しい薔薇。サラ・バラデュール、君が此処にいたら、と私は思うのだ。

Wham! - Last Christmas