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Life’s lasting date from cancelled destiny



病室の窓から見える通りの瑞々しい木々、行き急ぐ人々、測る事の出来ない無限の空。その全てが、寝台の下にある床のようにひっそりと死んでいた。サラにとっては、いや、彼女にとってだけ死んでいた。高熱の震えが齎したあの苦しくも幸福であった記憶、渇いた喉と呻き声、そして、あの朧げな彼の記憶。それらは、もはや今では幻覚宛らのものになっていた。全ては自分に掛けた呪いが見せたもの、或いは、瀕死の生命が最後に見せる儚い望み。しかし、未だ自分は生きている。またあの惨憺で、呻吟に満ちた人生を生きる事になるのだ──サラは病室に入って来た、全身黒尽くめの男をちらりと見た。その顔には何か微笑んだような、驚いたような表情が浮かんでいた。
「セブルス」
「運に助けられたな」
たった一人の友人である彼女が死ぬかも知れないという偶然の場合を、ここ数日間、スネイプは覚悟でもって予想をしていた。しかし、彼が瀕死の彼女と会う時には、既に彼女への気持ちはすっかり変わってしまっていた為に、その予想はどうしても覆さなければならないものだと思えてならなかった。自分はサラを愛しているという事が、余すところなく明らかになったのである。その時まで、彼はその感情、自分の本心を知らなかったという事にも起因していた。スネイプは彼女の病床で、生れて初めて、優しい思いやりの感情に身を任せてしまった。この感情は彼がいつも、他人の苦痛を見る度に呼び覚まされたものであり、以前は有害な弱点として恥じていたものである。しかし、サラに対する哀れみと、自分が彼女を守る事が出来なかったという後悔の思いと、それに何より、彼女が生きているという事の喜びの為に、彼は急に自分の苦悩が癒されるのを覚えたばかりでなく、以前には一度も味わった事のない心の安らぎすら感じたのであった。スネイプは思い掛けなく、自分の苦悩の原因そのものが、精神的な喜びの源に変わったのを感じた。彼が非難したり、憎んだりしていた時には、とても解決する事が出来ないように思われたものが、サラを愛し始めると、忽ち単純明白なものになって来るのを感じた。
「いえ、あなたに」
かなり美しいサラの顔には不幸、というよりも、殆ど狂気に近いものが見られた。その顔は、助かった事に対する喜びを感じているのではなく、何か他の、全く別の事に意識が向いているのをスネイプは感じ取った。それは喜びでも何でもない、後悔である。今後不幸の一生を送るであろうという宿命から解き放つ事が出来るもの、それを彼女は死と捉えている。永遠の命が宿命を逃れて去るのは、死或いは闇の帝王が滅んだ時であり、その他の事はどんなものであれ、彼女の魂を救うものはない。彼女はそう考えているのだ。即ち、彼女の精神の死は既に迎えており、残るは生命の死、それは何処からともなくやって来るものではなく、彼女の眼前に毅然と構えてある死を渇望しているという訳である。
「覚悟をしたまえ。君は未だ生きる羽目になる」
私にとっては何と輝かしい想いだったろう。彼がどんな人であろうと、どんな人になってしまおうと、嘗て愛しくも私一人のものだったに違いない。いや、正しく私一人のものであったのだ。バーテミウス・クラウチ・ジュニア、バーテミウス、あなたがどんな人になってしまおうと──サラは友人ににっこり笑おうとして、だがやはり出来ずに、瞼を固く閉じた。人間が抱く信仰、それは彼女の場合、もはや幼少期から新しい信念に取って代わったものであった。その信念を初めて眺めた時、彼女は思わず慄然とした。死を恐れるというよりも寧ろ、生命が何処から生れ、何の為に与えられ、何故に存在し、またそもそも何であるかという事について、少しも知識がないのに、相変わらず享受している生を恐れたのであった。物理法則、進化或いはその崩壊など、サラの以前の信仰に取って代わったのはこれらの理に適った言葉であった。これらの言葉とそれに結び付いた観念は、知的な目的の為には非常に良いものであった。しかし、彼女の人生の為には何一つ役に立たなかった。その為に、彼女は突如として、全く末恐ろしい境遇に自分が置かれているのを感じた。彼女は極寒の中で自分は裸も同然であり、どうしても苦しい最期を遂げなければならないと、理屈ではなく、自己の全存在をもって明瞭に、何の間違いなく初めて確信させられたのであった。