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The dreamer



結界を解いたスネイプの家に姿現しをして見せた一人の屋敷しもべ妖精。隙間なしにずらりと並んだ薬品の光景に圧倒された彼女は、両眼だけを動かして辺りを観察していた。教室宛らのその部屋の窓には厚いカーテンが覆っており、朝日が差さず夜のように暗かった。仄かな明かりを灯したテーブルの上で、スネイプは小さな羊皮紙にすらすらと薬品の飲み方を記した。液が入った瓶と共にそれも屋敷しもべ妖精に手渡すと、「彼女は」と切り出したスネイプであったが、最後まで言うか僅かに躊躇った。昨夜不覚にも勃発したあの事件から、サラを一人残し、気の利いた言葉一つ掛けずに帰宅してから、スネイプは朝まで一睡も出来なかった。シャワーも浴びずに早速調合に取り掛かると、半ば夢現の意識の中で鍋の状態を見ながら、幾度となくあの情景を想起したのであった。あれは本当に起こった事なのか。友人であるサラを、己は本当に犯してしまったのか。しかし、スネイプの胸には終始ある種の幸福が存在した。それは、彼女も今、己と同様に、あの情景を想起しているかも知れないという勘違いが出来た事であった。この薬によって己が彼女の中に流し込んだ精液は全て無に帰すが、彼女を抱いたという事実は消える事はない。
「どんな様子だ」
しかし、そんな幸福感は長くは続かなかった。朝になるに連れて、再びスネイプの胸にはあの窮屈な、悲しげな感情が占め始めるのであった。勘違いしてはならない。彼女はあの事を何とも思ってはいないのだ。瓶を大切そうに両手で持っている屋敷しもべ妖精は快活に応えた。
「至って普通でございます。今日もお仕事に行かれました」

スネイプは羊皮紙に記した用語に再び目をやった。それを見る限り必要な買い足しは以上であり、後はこの騒がしいダイアゴン横丁から脱出するのみであった。休日の横丁は人間で溢れ返る為、スネイプは午前中に足を運んだつもりであったが、休日に浮かれている人間は既に至る所に群れを成していた。一旦ノクターンへ避難するかと考えていたところ、スネイプの傍を一組の若い男女がさっと通った。人混みに手も繋げないようで、一列になって通りを進んでいた。しかし、前を歩いている男は時々後ろを振り返っては、女がちゃんと付いて来ているかを確認していた。女は目が合う度に微笑して、男を見詰めるのであった。スネイプは店の前で、人間の群れが途切れるのを待っていたが、彼の目を引いたのは決まってそのような恋人同士であった。輝かしい、幸福以外のものをその双眸に持つ事を知らぬ若い命。ただひたすらに恋人を愛し、そして、恋人から愛されるという、己の人生とは全く無縁の幸福。その幸福を彼等は今、その胸一杯に感じている。スネイプはずっと手に持ったままであった羊皮紙をくしゃりと握り締め、その場から移動した。背の高い彼は辺りがよく見えたが、熟知している筈の通りには見知らぬ店がポツポツとあった。それはスネイプが用のある店だけを覚えていただけの事で、それ以外の店には全く関心がなかった為である。魔法動物やクィディッチ用具、そして衣服などの店に、殆ど初めてと言って良い程、彼は視線を向けた。後ろへと流れていく店の中で一つ、人集りのない静かな店があった。それは宝石屋で、丁寧に磨かれたガラスから店内が見えたが、然程広さのない店には人間一人いなかった。ケースに並べて置いてある宝石、エメラルドやダイヤモンドやらのきらきらした物は人間を寄せ付けず、ただ其処に飾ってあるだけのようであった。スネイプにとってそれらは、ある人物を象徴して止まない物であった。サラはこれら宝石を身に付けている人間であった。好んでかどうかは分からないが、上流階級出身である彼女にとっては当然の事のように、様々なペンダントや指輪を持っていた。こざっぱりした貴族らしい、品のある身嗜みをしている彼女だから、どんな宝石でも良く似合っていた。いや、恐らく彼女は自分に似合う形と色を分かっているのだ。スネイプはサラのように身嗜みに興味がない性、そしてそれ以外の事でも質素であった為に、店に置いてある宝石は幾らでも買う事が出来た。しかし、スネイプは其処で思い止まった。いや、そんな事をしても彼女は喜ばないだろう。それは何故か。愛してもいない男からの贈り物などガラクタ同然だからである。増してや、今まで他人に贈り物などした事がない男が選ぶ物など全くもって酷いに違いない。そして、何故今更、何故恋人でもないサラに贈る必要がある……。その場からやっと移動したスネイプであったが、再び彼の意識を掴んだ店があった。それは花屋であった。店の外には様々な花が置いてあり、それらは見事な色を表しては凡ゆる通行人の目を奪っていた。ああ、花なら──サラの屋敷、特にあの広い庭には花の存在が此処ぞとばかりに主張されている。しかし、本人はそれらの手入れを一切しない為、スネイプは尋ねた事があった。「花が好きなのだろう。なら何故自分でしないのだ」するとサラはこう応えたのであった。「自分で手入れした所が汚いと思ってしまうの。此処から見るとね、一瞬で分かる。ほら彼処、汚いでしょ」スネイプには彼女の持論が皆目分からなかったが、花が好きなのは確かであり、庭の中をとぼとぼ歩いたり、家の中から庭を眺めたりしていた。花なら、自然なのではないだろうか──いや、何が自然なものか。こんな男がある日突然、花を持って現れたら可笑しい。あの女は声を出して笑うかも知れん。その時、一人の男がその花屋から出て来た。手には小さな花束を持っており、恥ずかしそうに、しかしこれまた幸福そうな表情を浮かべていた。店内までのたった数段の階段。己に必要な物はあの羊皮紙に記された、何の華やかさもない、何の意義も持たない物だ。たったそれだけだ。スネイプはその階段を上る事はなかった。