×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

Here to relive your darkest moments



ホグワーツ卒業後の進路は明確であった。その目標──闇祓いになるという目標は、入学前に立てていたものであった為、在学中は何の躊躇もなく、合格を勝ち取る為の勉学にのみ集中した。サラの家は純血主義の名家であり、両親やその親戚一同は皆、学校を卒業すると直ちに華々しい官吏生活に入り、専ら栄達の道に励んでいた。しかし、そんな彼女の家では、闇祓いという職業はしばしば差別的なものの例えにされた。彼等にとっては闇の魔術など眼中になく、あるのは国そのものであって、何処の誰が誰を殺そうが、アズカバン送りにされようが、財産をくすね取ろうが、また幾ら名誉を持ってこれに報おうが、そんな事は一切構いはしなかった。しかし、そんな一族の繁栄も、魔法省の腐敗が始まった事によって終わりを告げた。居座っていた古株は排除され、彼女の両親やその親戚一同は排除、或いは敵に寝返り、或いは亡命した。サラは家族を愛してはいたが、もう分別がつく年齢であった為に、自分の目標を捨てる事はしなかった。闇祓いとは自分の生きる目的、そして、この人生に於いて自分に用意されたたった一つの選択であるという風に思われたからである。しかし、彼女が属したスリザリンでも、いつ誰が死喰い人になるか分からなかった。家柄からして既になったであろうと噂された生徒、そして、これからなるであろうという生徒もいた。当然、そのような生徒は公言しない為、サラもまた闇祓いになるという目標を、友人にさえも秘密にしていた。敵対するのは卒業後で良かったからである。しかし、将来に於いて、いずれは敵対するであろう人物が彼女の友人の中に二人いた。一人はセブルス・スネイプであり、彼は他の選択が全て閉ざされた為に死喰い人になる事を選んだようにサラには見えた。しかしもう一人、バーテミウス・クラウチ・ジュニアは違った。彼は自分と同様、死喰い人とは自分の生きる目的、そして、この人生に於いて自分に用意されたたった一つの選択であると思っているように彼女には思われた。クラウチの闇の魔術に対する関心は、スネイプ程に深くはなかった。しかし、闇の帝王を慕う直向きな心はすっかり彼の生命の軸となっており、学年が上がるに連れ、彼はその事実を隠そうともしなくなった。サラはこの二人の友人を在学中に、同時に失った。学年が違う為に面識のなかったこの二人が闇の帝王の元で知り合い、共にこの世で杖を振るうであろう事実が起こる。その事を確信していながらも、彼女は彼等を止めようとはしなかった。そもそも彼等とは境涯が違う為、赤の他人からの忠告など余計な御世話である。サラはそんな彼等と対峙する日を想像しながら、決して華々しいとは言えない闇祓いへの道へと入った。彼等にはアズカバンが待ち受けている訳だが、果たして自分は彼等を其処へ送り込む事が出来るだろうか?彼等に杖を向け、必要とあらば許されざる呪文を放つ事が出来るだろうか?彼等の存在を無かった事に出来るだろうか?

本来、人間が住む場所ではない森の奥にサラの家はあった。一時間もあれば周る事の出来る湖の傍にあり、其処はバラデュール家の避暑地であった。マグルが其処を通れば、鬱蒼とした草木に覆われた深い崖となっており、進む事が出来ない。森の奥に構えている為に姿現しでのみ辿り着く事が出来、彼女の知る限られた人間しか訪れる事はない。しかし、今夜は招かれざる客が現れた。サラ・バラデュールの名は既に死喰い人の目録に刻まれていたが、居場所が明確でない為に彼等の手が下される事はなかった。しかし、その居場所が遂に、闇祓いの同僚が捕まった事により割れたのである。死喰い人が最も警戒する闇祓いの一人であり、ダンブルドア率いる不死鳥の騎士団員であり、そして何より、血を裏切る者としてサラの殺害令が下った。頭の中を覗く事を仕事とする闇祓いに対する警戒もあり、その目録は死喰い人でも殺害を主とするたった一部の人間にのみ把握が許されていた。その内の死喰い人三人が、今夜、サラの家の前に現れたのである。一人は玄関である門で見張り、残りの二人は家の中へと入って行った。そして、そんな彼等に続いてもう一人、湖の傍で姿現しをした人間がいた──死を象徴する骸骨の仮面、魔法族の伝統の一つである漆黒のローブ。彼等と同様の死喰い人が任務とは異なる形で現れたのである。その人物が静謐の中に佇む屋敷を見上げると、二階にある複数の窓から緑色の光線、尾を引いて見える光の筋が燦然と漏れていた。その人物は杖を手に持つと、門の方へと足を進めた。其処には一人の死喰い人が立っていた。湖から此方へ歩いて来る姿を捉えた見張りが、その人物に声を掛けた。「三人でも多いのに」と嘲笑した途端、隠すように構えていた杖の先から緑色の光線が放たれた。

サラはそれらが死の呪文ではなく、磔の呪文である事が分かった。繰り出した盾で防御をしながら、彼等の意図は自分の死よりも、この頭の中にある、闇祓いと騎士団員の情報にある事を確信した──二人なら未だ何とかなるかも知れない。しかし、万が一、この自分が敗れた時、今まで必死になって守って来た者達の運命はどうなるのか?たった一人の犠牲の為に大勢が巻き込まれる事になるのだ──彼女はそれを仕事としてやって来た為に、その危険性を熟知していた。情報は武器になる。この杖や、こんな馬鹿馬鹿しい呪文よりも遥かに。途端、彼等の背後、一階へと繋がる階段からひっそりと屋敷しもべ妖精が、持ち前の怯えた表情を浮かべて姿をその現した。サラは思わず眼を見開き、彼女に合図を送ったが、主の意思に反して彼女は細長い指を開いた。背後から繰り出された魔法に、不意を突かれた死喰い人は呪文を繰り出す事を止め、四つの瞳をその屋敷しもべ妖精に転じた。その一瞬の隙に、サラは自らの頭に杖を向け、意識を集中させた。今まで散々、敵にやって来た事よりも無上に惨憺な事、自らの記憶を破壊し、自らの頭の中を覗こうとした者に服従の呪文を掛ける呪いを唱えたのである。記憶を破壊する事は忘却する事ではなく、自らの意識を消し去り、この世にある自分の存在を無にする事である。しかし、サラの異様な気配に気が付いた一人の死喰い人が彼女に呪文を放った。盾の効力は既に失われていた為に真面に当たり、彼女はその呪いを掛け終わる事なくその場に崩れた。彼女の意識は取り留めのない、朦朧としたものの中にあったが、屋敷しもべ妖精の姿を確認したいが為に焦点を集中させた。すると、眼が眩む程の強烈な緑色の光線が一回、当たりに広がった。それは凍ての厳しさを帯びており、露出している頬や手が冷たい熱にぶるっと震えた──これは死の呪文である。明瞭な忿懣と殺意が轟き、サラは直様手を動かそうとした。彼女の傍には杖が転がってあった。しかし、それに続き、先程と同様の呪文が再び起こった。脳裏に浮かんだ屋敷しもべ妖精の死は彼女に力を齎す事はなく、その腕は微塵も動く事はなかった。灰色の双眸に込み上げて来た涙は収まり、異常に昂っていた心臓の動悸もゆったりとしたものとなり果て、不完全だが自分に掛けた呪いが効果を示し始めたのであった。その身に感じた二回目の死の呪文は直ぐ其処、階段付近で放たれた事が分かった。この家に襲撃して来た一人の死喰い人の顔が見えたのである。仮面の為に顔は見えなかったが彼は死んでおり、ぐったりと階段に身を預けるように其処にいた──もしや屋敷しもべ妖精が?いや、彼女にそんな事は出来まい──人間が眠る時に感じる、水の中へと沈む感覚。その幸福ともいえる感覚と共に、サラの視線の先にある階段から一人の死喰い人が姿を現した。今更サラに恐怖はなかったが、不可解な事実をそのままに意識を喪失する事への不満はあった。この死喰い人が殺したのか?何の為に?漆黒のローブを翻しながら、大股で此方へ近付いて来る者は長身であり、その体躯からして男である事が分かった。彼は杖を右手に持ってはいたが、それを此方へ向ける事なく、そして、サラの傍へ来た時、床に転がっていた彼女の杖を屈んで拾い上げた。仮面の下にあるであろうその顔──サラは喜びに燃えた、と同時に、探るような深い眼差しでじっと彼を見詰めた。サラは彼と会わずにいた間に、彼の顔をあれこれ心に描いていた。彼女はいつも頭に思い描いていた彼の姿を、現実の彼と一つに溶け合わせようと努めた。
「クラウチ」
サラにとっては、バーテミウス・クラウチ・ジュニアという名に呼び覚まされた数々の追憶は、遠い詩的な過去に属するものであった。雀斑のある頬、茶色に輝く髪、そして、此方を見る優しい、悲しげな虹彩。しかし、長い間、口に出す事のなかった名を音として出した際にも、彼女の心臓が強く動く事はなかった。
「ちゃんと、殺さないと」
異常な幸福は実現された。しかも平凡に、何の騒ぎもなく、華々しい輝きも前兆もなく、突然に実現されたのである。しかし、死んでいく細胞は、美しい微笑をサラの顔に浮かばせる事はしなかった。クラウチは興奮の余り顔を顰めて、頭に浮かんだ何かしらの言葉を飲み込んだ。自分にとっては最も容易いと思われた事を、彼はもう何千回となく考えていた。今や細かい点まで知り尽している死または殺人というものが、彼の目にはそれが決して容易い事どころか、全く不可能な事に思われたのである。