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Aimed right at my head



正しくその瞬間であったが、ある者を先頭に此方側にいる四人の死喰い人が、彼等の殺した死骸の山を踏み越えた。全身血と埃に塗れた姿であり、まだ虐殺し足りないといった様子であった。彼方側にいる闇祓いの者達は出来るだけ大声を張り上げて、我々五人に呼び掛けたが当然通ぜず、その内の一人が杖を振り上げた。サラはこれが現実ではない事を知りつつも、息を呑んだ。死喰い人と殺人とは切り離す事の出来ない事柄であり、些細な事でも見逃す訳にはいかない為、彼女は最初から最後までの全ての記憶を見る。しかし、この記憶の中には闇の帝王や、仮面を外した死喰い人の情報は何処にも落ちてはいなかった。それはまるで記憶を修正したように、誰かに見られても良いように手を施していた──いや、此処には何かある筈だ。何かを見落としているのだ。この身柄を引き渡すまでの間しかないのだ──サラは再び記憶を遡った。もうすっかり彼女は、この拘束された一人の死喰い人の過去や信念までもを理解し、一種の憐憫の情を抱いていた。死刑に値する死喰い人であっても心というものは必ず存在し、その心がどういった作用を及ぼすかによって生き方が決まる。たったそれだけの事、些細なほんの一作用により、或いは小さな勘違いによって、その人間の生きる目的が決まるのであって、闇祓いと死喰い人は然程違いのない者同士なのである。

セブルス・スネイプは潸然としている屋敷しもべ妖精が自分に駆け寄って来る様子を見て、思わず溜息が出そうになった。しかし、それをする前に、彼はその屋敷しもべ妖精によってサラ・バラデュールの自宅へと強制的に連れ去られた。やや荒々しい魔法で目的地へ到達すると、スネイプはローブを翻して彼女の家へと足を踏み入れた。彼女で血が途絶える運命にある貴族の家は一人で住むには使い勝手が悪く、もう何年も扉を開けていないであろう部屋が途中幾つもあり、廊下に掲げられている絵画は訪問者に微笑する事なく、静かに彼の後ろ姿を追い掛けるだけであった。二階の最奥にある一つの部屋へ駆け込むと、サラが地面に倒れており、その直ぐ傍には、椅子に座らされた一人の死喰い人がいた。スネイプは彼女の元へ近寄ると、杖を構え、呪文を繰り返し唱えた。難関な魔法を操る際に呪文を口にする事は、術者自らを冷静にさせ、その魔法がどのようにして相手に作用するのかを頭で理解する事が出来る。治療は彼の専門ではないが、この闇祓いの友人を持つ事によって、その技術はすっかり板に付いたものとなっていた。浅い呼吸が徐々に回復し始めると、遂にはその瞼を広げた。
「セブルス」
数回瞬きし、その身に齎されている倦怠感に眉を寄せている明眸。低い、しかし淑やかな声色で眼前に跪いている男の名を呼んだ。スネイプは応答の代わりとして故意に、部屋の扉付近に佇んでいる屋敷しもべ妖精に瞳を転じた。気の弱そうな顔立ちをした彼女はバラデュール家に仕えている者であり、サラの仕事を部屋の外で見守っている。今回のように例外的な事が起こると自ら手を施したり、誰かに助けを呼んだりするのである。最も、主が信頼しているのはこの男たった一人であるのを彼女は知っている為、毎回スネイプの元へ姿を見せるのである。
「失敗したのか」
「記憶が捏造されてた」
サラは身体を起こすと、現実かどうか確かめる為に魔法を使用した。さっと指を振ると暖炉には火が点き、部屋の中にある物は瞬く間に整頓されていった。しかし、元々片付けをするような物がない為か、僅かに乱れた位置を正すようにして家具が直されたり、机の上に数冊積み上げられた本が左右対称に揃えられたりしただけであった。スネイプはサラの杖──灰色に沈んだ、彼女の瞳の色と同様の物を拾い上げた。その杖の先端から持ち手にまで刻まれた一本の深い傷。其処は黒ずんでおり、其処からまた小さな傷が数箇所現れていた。今にも朽ち果てそうなその杖を、椅子に縛り付けられている死喰い人の顔を見上げながら、厄介な魔法に対する策に耽っているサラに手渡した。そして、スネイプは漆黒のローブの懐から小さなガラス瓶、遮光の為の褐色瓶を一つ取り出した。
「……どうした」
スネイプが口にする事には、何も特別に変ったところはない。しかし、その言葉の一つ一つの響きにも、唇や瞳や手などの一つ一つの動きにも、何か言葉では言い表す事が出来ない意味があるように、サラには思われた。其処には彼女に対する信頼、親しみの籠った優しい、しかし、おずおずとした親愛の情があった。本人はそれに気が付いてはいないようだが、彼女はその愛を信じない訳にはいかなかった。彼女はその小さな愛の為に幸福感で息が詰まりそうであった。
「優しいね」
サラはスネイプをじっと見上げていた眼を細め、そのガラス瓶を手の中に収めた。深い倦怠感も相俟って、本当に息が詰まりそうであった為、彼女はその瓶の蓋を取ると液体を全て飲んだ。
「昨日、一組の夫婦が殺されたの。その現場に行ったんだけどね」
徐々に胸の苦しさ、頭を金槌で殴られているような衝撃は消え去った。サラは話をしながら、指で掴んでいる褐色瓶を何気なく眺めた。こんな小さなガラス瓶──様々な色や形をした容器が彼の教室にはずらりと並んでいるのだろうか?とふと思った。ホグワーツ在学中に受講した魔法薬学の担当はスラグホーンであった為、眼前の男、スネイプがその授業を担当していると想像する事は難しかった。スラグホーンとは対照的な男、「スラグ・クラブ」なんてものを忌み嫌うような性格の持ち主が、子供を相手に教鞭を執るなんて事が有り得るだろうか?──まあ、実際のところ、彼は諜報活動と共に、それを真面目にやっているのだが。
「やっぱり、一人の方が良い」
「やっぱり?」
スネイプは中々返す事をしないサラの手からガラス瓶をさっと取り上げた。彼の私室には教室の物とはまた別の薬品棚があり、本棚の半分位の大きさのそれには様々な薬品を保管してあった。完成まで異様な程に時間が掛かる物、材料の保管が難しい又は短命な物、専門書には載っていない自製の物、法に触れているが実用的な物、そして今回のように、いや、彼女だけにとって役に立つであろう物が、品を切らす事なしに常に其処にはある。スネイプは将来的に必要になるであろう物を日頃、突発的に思い付く質であった為、薬品に関しても抜かりのない備えをしていた。「優しいね」と言って微笑した、あのサラの表情はそんな彼の何かを震わせた。それは苛立ちだと彼自身はそう思った。確かにこの一連の自分の態度は彼女に対する親愛の情を現していた。しかし、それを彼女が察した時、「そんな事しなくて良いのに」という言葉を「優しいね」という言葉に置き換えたのだ。
「君にはいるのかね」
ガラス瓶に蓋をすると再びそれを懐の中へと滑らせたが、奥に突き当たる前にその存在は消えてなくなった。スネイプは未だに意識を喪失している死喰い人を横目で一瞥すると、上質な革のソファーへ腰を下ろした。向かいには大きなガラステーブルがあり、羽根ペンとインク、二冊の本が積まれてあった。スネイプはふと疑問に思った。彼女は本なんて読むのだろうか?この世に存在する全ての書物の中には、彼女という人間を感動させ、教育し、彼女の心に残り得る物があるだろうか?彼は本の側面を見たが、その字はすっかり薄れており、読み取る事は出来なかった。
「いないよ」
スネイプは鼻で笑った。サラは自らを話す事をしないが、彼には彼女という人間が分かっていた。彼女自身は自分という人間を今一つ分かってはいないようであるが、彼は彼女と同じ類の人間であるという事を確信していた。それは孤独であった。無上な、この身を蝕む感覚すら感じる事のない孤独を生まれながらにして持ち合わせ、そして、この身に死が訪れるまでそれに身を委ねる。決して救いを求めようとせず、生を実感する事なく、死が予定よりも早く到達する事を思いながらただ呼吸をしている。我々は幸福とは無縁の人間であるという一種の心地良い考えを、スネイプは自分とは対極にある闇祓いの彼女に抱いていたのであった。サラはやっと立ち上がると、目頭を指で押さえながら部屋から出て行った。其処にいた屋敷しもべ妖精も、彼女の後に続いて出て行った。長い廊下の向こうへ姿が見えなくなると、スネイプは身を乗り出して、その二冊の本に早速手を伸ばした。一冊は外国の書物であり、ある国の童話と魔術を記したものであった。もう一冊の表紙を開くと、本来ならば題名が書かれてある筈の頁に一枚の写真が挟まれてあった。それは裏を向いており、やや黄ばんだ古い物であった。題名を見る事をすっかり失念したスネイプはその写真を手に取って、裏返した。其処には一人のホグワーツ生──深緑色と灰色のネクタイをきちんと締め、痩せ細った首から米神、そして額を茶色の髪が覆っている。彫りの深い目元、聡明な眉、そして髪と同様の色をした双眸。こざっぱりとした、上流階級らしい、品のある怜悧な顔立ちをした男子生徒が、此方を向いて僅かに微笑していた。謹厳だが嘸かし神経質そうなその人物は、スネイプには見覚えがなかった。古びた物からして現在のホグワーツ生ではなく、恐らくサラの学生時代の友人か、将又、兄弟であろう。スネイプはそれを再び裏返して何かしらの手掛かりがないか見たが、何処にも何も書かれてはいなかった。途端、「こっちの方が美味しそう」といった会話が遠くから聞こえた為、スネイプはその写真を裏返して本に挟むと元の場所へ戻した。サラは一人で姿を見せた。浮かせた御盆にティーセットとクッキーを乗せ、満足げな表情で部屋へと入って来た。
「私の記憶は辿らないのか」
スネイプが一応、理解しているような執着、友情、愛情を、サラは何一つ持っていないように彼には思われた。彼女は人生が自分と巡り合わせたもの、事に人間──誰か特定の人間ではなく、自分の目の前にいる人間──を愛し、生きていた。彼女は屋敷しもべ妖精を愛し、同僚、マグルを愛しているように彼には思われた。そして、彼女はそんな彼等と、自分と、別れる事を一瞬も悲しまないだろうという気がしていた。
「そんな事しないよ」
スネイプは確信さえ起こしていた程であった。しかし、そんな友人──身を蝕む感覚すら感じる事のない無上の孤独を纏い、生涯に渡ってそれに身を委ねる。決して救いを求めようとせず、生を実感する事なく、死が予定よりも早く到達する事を思いながらただ呼吸をしている友人、幸福とは無縁の人間であると思っていた友人は全く違っていたのだ。スネイプは自分でも何の為とも分からず、目を離さずにサラを見詰めた。
「そんな事、絶対にしない」
スネイプはサラと接する事によって常に感じていたあの清々しい気分は、今ではもう微塵も感じる事が出来なかった。ただ一つその身に感じたのは、彼女という人間にも人生があるという事、彼女だけにしか感じる事が出来ない、彼女だけにしか納得する事が出来ないものが存在していたという有り触れた事実であった。嘗て自分にもあったその事実は、幸福で、最も輝かしいものであった。それが他でもないサラにもあり、今も尚、その謎めいた心の内に秘めている。あの青年は一体誰なのだろうか?其処に隠すようにして置いているのは何故なのか?兄弟や親戚ならば縁に入れて飾るだろう。すると残るは──「いないよ」と言った時の彼女の表情を思い出そうとして、だが結局思い出す事が出来ずに、スネイプは出された紅茶の香りを感じる事しか出来なかった。