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Her eyes outshine every brilliant ray



外は晴れ晴れと爽やかに、大地は露に満ちて、如何にも楽しげであった。たった今雲間を出たばかりの太陽は、しっとりと露の降りた廊下の埃にも、城の壁にも、ステンドグラスにも、小屋の傍に立っている木々にも、半ば雲で屈折された光線を、反対側の屋並越しに浴せていた。
「おはよう」
クラウチの朝日に輝いた茶色の目、親切で潔白な目がサラを捉えた。彼は向こうから此方へ颯爽と歩いて来た。大広間へ朝食を摂りに行くのだ。手で刻まれたような眉間の皺、そして、彼の目に住んでいた沮喪は全くもって消え去っており、その代わりに、期待と安逸が彼の生命力と共にその目には滾っていた。
「試合は勝てそう?」
「シリウス・ブラックの消沈した顔が拝める」
クラウチは皮肉な、しかし優しげな薄笑いを浮かべた。彼の心はすっかりサラについての思いで一杯になっており、その目の奥には勝利と幸福との微笑に煌めいていた。サラは一度、スリザリンのシーカーを腕前を見に、クラウチと競技場へ足を運んだ。彼女は自らチームと関わりを持とうとはしなかったが、あれからというもの、チームは彼女の助言をも求めるようになった。特に飛行術に対する助言である。クラウチには戦術を、そして、彼女には技術を求めた。彼女はそれに拒む事なく、快活に選手に対応した。彼女は自分でそれと意識せずに、的確に言葉を発し、練習に付き合った。他でもない彼が、クラウチという人間が、優勝を何よりも望んでいたからである。戦地から帰還してからというもの、幼稚染みた学校行事には少しばかり辟易していたが、あの惨憺たる戦争に比べれば何ものも、何事も、ちっぽけな、取るに足らぬ事のように思えたのである。クィディッチの優勝杯の一つや二つ、彼に捧げてやるのは特に難しい事ではない、といった風に、サラは結果に一喜一憂する可愛らしい選手を終始、昔の自分と重ね合わそうとしていた。しかし今も尚、それが出来ずにいた。
「レギュラスも大喜びだ」
クラウチのその目の煌めきを助長させた事実、今年は優勝杯を獲得出来るという確信の他にもう一つあった。二人の女子選手とクラウチがちょっとした雑談をしていた時の事である。その二人は急に思い出した顔をして、彼に小さく手招きをした。身長が高い彼は屈むようにして耳を寄せると、彼女達は、『バラデュール先生は独身です』と、彼に自信を持たせるような、頼もしい表情で彼に耳打ちしたのである。クラウチは不覚にもその顔や身体を硬直させた。「独身」という単語が彼の頭に躊躇なく飛び込んで来てはその猛威を揮ったのである。彼は殆ど考えた事がなかった為に──彼女が生きているか将又死んでいるかという問題のみを意識し、彼女がまた別の、自分とは掛け離れた所で生活を営んでいるかも知れないという問題には意識を向けて来なかった為に、この生徒の言葉に息を詰まらせたのである。いや、彼は最初から当然の如く、彼女が独身であり、彼女には自分しかいないという事を無意識の内に確信しており、それと同時に、自分が必ず拒絶されるという事も確信していたのであった。この世でたった一人、彼女の名を大切にする事の出来る存在がいない。という事は従って、自分がその事を担っても良いという正式な御告げを、自分の年齢の半分にも満たない生徒から食らったのである。生徒の目に映るクラウチの態度には何ら不思議なところはなかった。サラの近くには彼がいる事が多かったし、何より、彼と彼女の辺りに漂っている、二人の他に誰にも築けないであろう関係性が齎す独特な空気。恐らく彼女は既婚者で、クラウチはそんな女性に片想いをしているのだという、生徒の勝手な認識が先走った結果がこれであった。しかし、彼女が嫁いでないという知らせは、酒の酔いのように、少しずつ彼の身体を回り始めた。その灰色の瞳の中に振動している輝き、沈淪した微笑、その仕草に溢れる、見る目も優美で、正確で、軽やかな風情。心の内にあるものを見せようとせず、孤独に、日々死んでいる女性。クラウチはサラと別れた後、彼は先日彼女と交わした話をふと思い出して、物思いに沈んでいった。

スリザリンの新しい顔は見事にその存在を示した。幼い顔立ちには毅然としたものが見られ、年上であるグリフィンドールのシーカーよりも先に手を打った。スニッチを追い求めるその姿──強風に翻る深緑色のユニフォーム、低く屈めた姿勢、敏捷な仕草の中にある才気を持ったその双眸──正にその姿は目が覚めるような美しさであり、サラの脳梁を震わせた。彼は、彼はこのようにして、此処から私を見上げていたのだろうか?そして私は、あの選手のように、人々を魅せるような姿をしていたのだろうか?前世宛らの事のように思われていた過去の出来事が、箒やスニッチの質感、全身を潰そうとして来る強烈な、だが澄んだ空気、そして変わらず其処に存在する清らかな晴れた空が、もはや頭の中で拵えたものではなくなっていた。彼女は全てを思い出した。此処で過ごした事柄が全て、走馬灯のように、次々と現れて来たのであった。彼女はその選手を通して別の人間の事を考え、その姿を見ていた。それはクラウチであった。姿を現した思い出の中に彼がいた。たった一人、憧憬の象徴として存在しており、最初の出会いから最後の別れまでをサラはその瞼の裏側に想起する事が出来た。
『天の凡ゆる祝福が君の上にあらん事を』
彼はそう言ったのだ、この私に──スリザリンのシーカーはスニッチに右手を伸ばした。その指先にはもう、忙しなく動くきめ細やかな翼があった。サラは教師陣が占める観戦塔にいた。スリザリン支持の教師は彼に声援と拍手を送った──勝利は明白であった。彼女は席を立つと、一人静かに下へと降りた。その際、振り返って見たその選手の後ろ姿は、他でもない自分自身であった。スリザリンに勝利を、そして、彼に優勝杯を。スニッチをこの手に収める時に、胸の内でそう叫んでいた事が思い出され、彼女は階段を降りる脚を早めた。他でもない後悔というものが、サラの身を、氷の刃の如く貫いたのである──とんでもない人生を送ったものだ。この人生は一体何だったのか?青春を戦争に奪われ、代わりに何を得たか?ただ人を殺しただけだ。たったそれだけだ……。 彼女が味わわされた、生からの拒絶という侮辱感が、まるでたった今受けた生々しい傷のように、彼女の心を焼いた。あのままホグワーツの、スリザリンの英雄として此処に留まり、彼と幸せになる筈であったのに、という後悔が、惨たらしい程はっきりと彼女の頭に浮かんだのである。一方で、クラウチはチームの待機所であるテントにいた。スリザリンのシンボルである蛇、そして灰色と深緑色に染まった室内から試合を見ていた。其処からは観戦塔、サラの姿も小さくだが見えた。彼女は彼にとって、生活の中心、人生の中心であった為に、外的な感覚の助けを借りなくとも、常に彼女の居場所を感知する事が出来た。彼女は声を張り上げる事なくただ黙って、絶えずシーカーを眼で追っており、彼女の事、彼女が此処にいるという事を思うと、彼の心はまたしても甘く疼いた。シーカーが今正にスニッチを手にしようとした瞬間、ふとクラウチは再びサラの方へと瞳を転じた。彼女の表情がどんなものか見たくなったのである。期待、喜び、そして幸福な表情になっている事だろうと思っていた。その表情を胸に思い浮かべて、彼はこの日を迎えたのである。しかし、彼女の眼は笑みを含んでいたものの、今はもう他人を寄せ付けぬ厳しさが感じられ、彼もはっと我に返る程であった。

終戦の知らせが届いた時、サラは驚きの余りからだがその場に倒れそうになった。誕生日を迎えた、二十三歳の事である。もう彼女が救われる事は誰が何と言おうと明らかな事であった。眼前には大きな船が浮かんでおり、もう彼女は此処、敵国の地から自分の好きな所へ行けるのだった。暫くは一言も発する事は出来なかった。彼女は周りにいた大人が両腕で抱いていてくれた為に、辛うじてその傍に立っていられた。そうでなければ、へたへたと地面に倒れたかも知れなかった。その内の一人が彼女の受けた衝撃を見て取り、直ぐに革の鞄から小さな瓶を一つ取り出し、彼女に蒸留酒を一口飲ませた。一口飲んでから、彼女は地面に屈み込んだ。勿論、気持ちは明瞭になったが、暫くは彼等に対してさえも口が利けなかった。彼等は彼女同様に深い恍惚感に浸っていたが、色んな優しい、心暖まる事を言っては彼女を落ち着かせ、気をしっかり持たせようとした。しかし、まるで堰を切って落としたような喜びが彼女の胸中に滾っていた。彼女はただ無我夢中だった。軈て涙が止め処なく流れ出した。しかし、生きている人間よりも遥かに多い、死んだ人間を見ていると、彼女は彼等と共に帰国する人間どころではなく、彼女は依然として此処に、敵国の地に同胞から取り残され、住み続けなければならない人間のように思われてくる始末であった。あの船に乗って、自分は一体何処へ行こうというのだろう?何もない、何処にも何もないではないか。この死体の山を見よ、人間の愚行の証明をしただけではないか──サラは自室へと続く階段を上っていた。涙が溢れた。手はそれらを拭う事なく、ただ彼女の傍に垂れ下がり、涙は揺れ動く顔によって服ではなく地面へと落ちて行った。
「──サラ?」
クラウチは優勝杯がスリザリンチームの手に渡るところを見る事なしに其処に、サラの自室の扉の前にいた。椅子に座っていた彼女は彼の声に顔を上げる事をせず、扉も依然として閉まったままであった。しかし、彼女は自分の神経がねじに巻かれた楽器の弦のように次第に強く張っていくのを感じた。その瞳はいよいよ大きく見開かれ、手足の指は神経質に動き、胸の中では何者かが息を押さえ付け、この揺れ動く薄闇の中にあって、全ての形象や響きが異常な鮮やかさで、自分を驚かせた事を感じた。
「サラ、」
クラウチが再び名を言った。サラは大きく、忙しく息をし始め、下唇は震え、美しい灰色の眼は忽ち涙に潤んだ。今まで彼女は何か、未来に関わる事に触れるのを避けていた。あの追憶は快感と苦痛を伴いながら、またもや彼女を病的な感覚へ導き入れようとしていた。彼女の心は、思い出に触れる事によって張り裂けてしまっていたのだった。彼女は眼を開けたまま、長い間、じっと身動きもせずに椅子に腰掛けていたが、その眼の輝きは自分でも闇の中に見えるような思いであった。