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Revelations



背後に撫で付けられた茶色の髪。日に当たっていないであろう白い肌。その顔、痩けた頬には髭の影すらなく、あるのは深く刻まれた眉間の皺。その直ぐ下には明瞭に彫られた双眸。茶色の虹彩を持つそれらは静謐で、沮喪が表れていた。人間を近寄らせず、そして、そもそも人間と親しくなろうという意識を持っていないという表れが、上流階級出身特有の、上質な服装と相俟って、周りの人間も彼を遠ざけていた。心底不機嫌そうで、生きる事が忌々しいとでもいわんばかりのバーテミウス・クラウチ・ジュニアは当然、生徒からの支持がなかった。ユーモアや気の利いた言葉とは無縁で、授業は淡々としており、怒る時なども特に声を張る事なしに減点、罰則を課す。各寮の洗練された人気者であってもその場、彼を和ませる事は出来ず、どんな生徒であっても終始沈淪した。生徒は彼に、何をそんなに不貞腐れているのかと聞いてみたいと思っているが、聞くとジロリと睨まれ、沈黙したまま点数を引かれるであろう事は、歳の若い生徒ですら確信していた。正に青銅の心と、大理石の顔とを持った男であった。彼自身の事は語ろうとはせず、その為に当然周りは何も分からず、彼という人間に対し益々苦手意識を募らせる。他の教師に比べ彼だけが孤独で、無上に不幸であった。
「ああ、持って来たか。見せてみろ」
しかしクラウチという人間をある程度知っている生徒も少なからずいた。それは第一に、スリザリンのクィディッチの選手達であった。彼はスリザリンチームの監督をしており、元チェイサーで優勝歴もあった為に、彼の助言に的確でないものは一つもなかった。怜悧な頭脳と敵の弱点を見抜く隻眼を持った策略家で、敵を尻込みさせるのを得意としていた。それに加え、彼にヤジを飛ばさせたら天下一品であった。敵チームの弱点や癖などを全て言葉の悪い、その上流階級の風貌からは到底想像出来ないような言葉に変換する為に、クィディッチの選手は幾度となく彼に助けられ、腹を抱えて笑ったのであった。第二に、所謂落ちこぼれの生徒達であった。クラウチという人間は成績優秀者には全く興味がなかった。彼が自分から話し掛ける生徒は決まって、寮を問わず、落ちこぼれの、勉強を苦手とする生徒であった。彼はその洞察力で、生徒では自覚する事が出来ない事柄を直ぐに理解する事が出来た。この生徒は此処の理解が弱い。よってこの問題が解けない。その地道な観察と行動によって、彼が担当する科目の平均点は常に高く、欠点を取った生徒など存在し得なかった。
「合ってる」
「全部ですか?」
「全部だ」
「信じられない……」
気の抜けた言葉と共に、その幼い顔立ちをした生徒は目を見開いて見せた。授業ノートを開き、読み難い字で書かれた語全てに目を通し終わったクラウチは満足気な表情を浮かべた。彼の硬い表情を変化させる事が出来るのは、解けなかった問題を解けるようになった生徒の態度と、クィディッチのみであった。
「要は考え方だ。暗記しようとするな」
すっかり人通りが少なくなったスリザリン寮付近の廊下、クラウチと生徒が座っているベンチの向かいには大きなガラスケースが設置されていた。クラウチは傍にいる生徒に言葉を発しながらも、意識を其方へ向けた。そのガラスケースの中には幾つものクィディッチのトロフィー、スリザリンのチームが四年連続で優勝した時のものが特別に飾られてあった。それには四桁の年の数字、そして、優勝へと導いた選手の名前が刻まれてあった。四年間、得点王として名前を刻み続けた一人の生徒。それは、クラウチが良く知っていた人物であった──何故俺は此処に座ったんだ?何故此処を選んだ?──サラ・バラデュール。その名前のスペルが彼の視線を一瞬捉えたが、彼は視線を外した。しかし忽ち悩ましい痛みが、何の痛みか分からぬものが彼の胸に迫ると、懐の奥深くにしまい、二度と開けぬようにとしていた蓋を正に開けようとしていた。そして僅かに開いた隙間から沸々とそれらが湧き上がって来るのを彼は感じた──何故俺は此処にいるんだ?たった独りで?──サラ・バラデュールの言う全ての事には、はっきりとした個性が表れていた。一語を口にする毎に、新しい魅力、新しい精神の輝きが、顔立ちから差して来るのが見られた。彼女はそういう類の人間であった。クラウチにとって、世界中の女達は二つの種類に分れていた。第一は彼女を除いた世界中の女達で、それらは凡ゆる人間的欠点を持った、最も平凡な女達であり、第二の種類は彼女ただ一人で、それは何一つ欠点を持たない、一切の人間的なものを超越した存在であった。サラとは同学年であり、同じスリザリンであり、クィディッチのチームであった。英国では珍しい名字を持ち、四年間もシーカーを務め上げた事から、彼女を知らない生徒はいなかった。サラ・バラデュール、サラ、サラ……この名前の独特で美しい響きは誰一人として持っていない。いや、持つ事が出来ないのだ。彼女しか、持つ事を許されていないのだ。彼女は異国の人間であった。珍しい名字はその国特有のスペルであり、英語は第二外国語で、少数ではあったがホグワーツにも彼女と同郷の生徒が存在した。五年生の時、彼女の祖国で戦争が勃発した。召集令が発令され、彼女は祖国へ帰国する事になったのである。サラは怖いもの知らずな性格の持ち主であった。特にクィディッチの試合でそれは顕著であったが、決闘にしても何にしても彼女は卓越していた。怖気付く事を知らぬ、たった一つの、彼女の生命にある鉄の弦。彼女は他ならぬ自分自身を深く信じており、全ての心はその鉄の弦に合わせて振動していた。クラウチにもその鉄の弦が存在し、サラといると穏やかにその弦が振動した。彼女の淑やかな声は彼の耳に届き、彼女の灰色の瞳は彼の目を真っ直ぐに捉え、彼女の柔らかな唇は彼に微笑した。彼女は未だ帰って来ていない。遥かな果てにある、北の国へ行ったきりである。
『天の凡ゆる祝福が君の上にあらん事を』
相変わらず俺は此処にいる。たった独りで、此処に……。