×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

Flower in the crannied wall



この地の果てまで、この私と共に。なんて甘美な、己には到底不可能な夢想であろうか。女王暗殺、そしてエミリーの戴冠から己の人生は瞬く間に過ぎ去った。絢爛な輝きの中には己の人生はなく、己の全てをこの帝国に捧げてきた。一瞬たりともこの心が彼等から離れた事はなかった。しかしその中に、己の幸福はあっただろうか?人間に与えられた一切の幸福を、今まで感じる事を止めていたものを、他でもないサラを通して感じ、また己という人間を感じた。だが此処ダンウォールに戻って来てからというもの、それらがまるで幻想であったかのように薄れ、色を失ったのである。コルヴォはサラに一瞬、瞳を転じた。彼女の真っ直ぐな視線がコルヴォを刺すかのように注がれた。神ならぬ人でありながら、私を欺かなかった君。女人でありながら、私を見捨てなかった君。コルヴォはその腕に抱えていた、生きたデリラを玉座に座らせると、堕落のルーンを一つ嵌め込んだ。
「エミリー……」
「──お父様、何が?」
「楽にしろ。全て説明する」
コルヴォは娘を力強く抱き締めた。太陽が発する日光宛らに温かく、その生命の営みが彼自身の持つ魂を包んだ。彼は簡潔に事の終末を話した。そしてサラの事、彼女の善の意識の事を話そうとしたが、口から彼女についての言葉を言う前に、切実な己の思いや彼女の崇厳さなどは到底言い表す事が出来ないと思い、彼は口を噤んだ。コルヴォにとってその記憶は、此処で過ごした日々よりも静謐で、何より輝かしいものであった。それを、彼女を知らぬ誰かに言うのは耐えられなかったのである。今ではもう感じられない、冷たくなった己の指先の感覚が愛おしかった。あの彼女の哀愁、醜い手と三日月型の大きな傷、宝石宛らの柔らかな瞳全てが恋しかった。

暖かな明るい夜であった。右手には利鎌のような新月が高くかかっていた。月と反対の方には、コルヴォが内心、己の恋と結びつけている、かの彗星が輝いていた。国中が祝杯を挙げている最中、コルヴォはサラの部屋へと足を運んだ。その軽い足取りとは対照的に、先程まで歓喜に溢れていた心臓は己の中には存在しておらず、絶えず背筋には一種の恐怖に似たものが走っていた。何者かが己の頭を金槌で叩いているかのように強烈な目眩に襲われ、長い廊下の地面に散らかっている植物に足を取られたりした。もう彼は、自分が生きた人間だとは思えなかった。今直ぐにでもこの帝国から逃げ出し、魂が裂けるようなあの幸福に再び身を投じたかった。しかしそんなコルヴォを待っていたのは、サラの謝罪の眼差しであった。仮面に覆われていないそれは以前と変わらず一脈の寂寥を宿わせ、何一つ揺れ動いてはいなかった。「君は……、」今彼の身体を隅々まで満たしている疲労が彼女には感じられず、軽快に、微動だにしない彼に歩み寄った。開いた窓から入り込んだ懐かしいダンウォールの香りはもう彼を落ち着かせなかった。浅い呼吸は彼に考える事を止めさせ、息苦しさが彼の頭に衝撃を与えた。
「此処にいて欲しい。私の為に」
「私はあなたと同様に、大切な人を亡くしました」
一瞬、サラの顔全体が深い悲しみに覆われたのをコルヴォは見て取った。睫毛が揺れ、その仄かな灰色の虹彩がきらりと光った。しかしその後直ぐに、その顔は沈んだ優しい色を表した。
「だから……、」
「だからこそ我々は前に進まなければならないのだ」
サラの声を聞くと忽ち明るい光がコルヴォの顔に燃え上がり、その悲しみと喜びを同時に照らし出した。私と生きよう。何もかも捨てて、自分の人生の事のみを考えて生きよう。我々は随分とこの帝国に尽くした。何もかも捧げたのだから、これからの人生、好きなように生きても良いではないか。だが彼が愛した彼女は、今更に彼女自身の生き方を変える事はしなかった。
「此処にいてくれ」
愛が持つ激しい力が不幸なコルヴォに襲い掛かった。二人の燃えるような頬が触れ合い、辺りの世界は消え失せた。彼は腕を回してサラをひしと抱き締め、震えながら口籠っているその唇を物狂おしい接吻で覆った。君の全てが欲しい。君の瞳に映るのは私だけであって欲しい。君の魂を捉えるのは己だけであって欲しい。「コルヴォ」と彼女は面を背けながら息詰まる声で言った。そして、力ない手でその胸を彼女自身の胸から押し退けた。「コルヴォ」それから、彼女は落ち着いた調子で気高い感情を込めて呼んだ。彼は逆らわずに、彼女を腕から離し、正気を失ったようにその前に跪いた。胸は絶望に満ちて、彼は彼女のその両手を捕らえ、目に当て額に押し付けた。
「もうお目にはかかりません」
私はこれ程も多くのものを持っている。しかし、君を恋うる心は一切を呑み込んでしまう。私はこれ程も多くのものを持っている。しかし、君がなくては一切は無に帰する。
「天の凡ゆる祝福があなたの上にあらん事を」
コルヴォは再びサラに腕を差し伸べたが、それでももう捕らえようとはしなかった。彼女は、哀れな彼に想いの込もった眼差しを向けて、部屋を出て行き、扉を閉めた。
「さようなら、」
やはり私は、最期までこの国に身を捧げなくてはならないのか。そしてまた君も……。その感覚は不意に、発作のようにコルヴォを襲った。心の底に、一つの花火のように燃え立つと見る間に、それは火のように燃え上がり彼の全身を捕らえた。彼の内部の一切が一時に和らげられ、涙が目に溢れてきた。跪いていたそのままの姿勢で、いきなり彼は地面に倒れ伏した。ある一人の女がいなくなった黒い夜空の下、平伏したコルヴォの目に映ったのは、部屋の掘りの割れ目に咲き出た花であった。光立ちてあれ、君の魂の安らうところに。地にあっても、君は聖な光に包まれていた。今からは、その魂は永生を持つ。私は嘆く事をしないであろう。神が、君と共にあると知る故に。
「さようなら、サラ・バラデュール。永遠に……」

Justin Timberlake - What Goes Around ... Comes Around