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The arms of the ocean



大きく見開かれた深緑の虹彩を持つ双眸を錦えもんは捕らえたが、サラの手は虚しくも空中を切った。そして重力に従って青い海まで落ちて行く。錦えもんは取ることが出来なかった彼女の手を、まだ間に合うと掴むつもりで手を差し伸ばしながら彼も重力に従った。身体が水面に叩きつけられ、二本の刀を無意識の内に支える。そして日光でまだ明るい場所から姿を探した。だがサラはすぐ下にいた。口からは空気がどんどん漏れ、四肢は微塵も動いてはいない。あの瞳は固く閉じられていた。おなごも能力者か。はて、拙者も能力者──、仕舞った!という声は虚しくも泡となって上っていき、瞬く間に全身の力は抜け、ただの水に対し何も抵抗出来ない。だが辛うじて視界だけはぼんやりとだが開けた。刀の重りで沈むのが早く、サラの近くまで来ることが出来た。だが助けることは出来ない。指先に渾身の力を込めたが動かず、ただ一緒に沈むことしか出来ない。あのとき一瞬自分に助けを求めた小さい身体は海の腕に抱かれている。
地面に落ちる夢を見て飛び起きた。すると真っ先に視界に入ったのは緑色の髪に険しい顔の男。ゾロ殿であった。そして口の中が途轍もなく塩っ辛い。錦えもんは激しく咳き込んだ。気管にも入っている感覚がした。そして何故だか着物が濡れている。目の前にいるゾロ殿もである。はて、何があったのか。それを口に出そうとしたとき、頭に激痛が走った。それも二回。思わず涙が出た程だ。
「あんた!自分が能力者だって自覚あんの!?」
乳バンドの娘が鬼の形相でそう言い放った。そしてそのとき初めて錦えもんはあの光景を思い出した。固く閉じられた瞳。あれ程自分が恐れているものはないのだ。すっと背筋が冷たくなり、さっきの激痛も感じることが出来なくなった。
「全くだ」
近くでライターの音がした。振り返って見てみると変な眉の男、サンジ殿が口から白い煙を出した。おれだったら空中でサラちゃんを受け止めたぜ、と得意気に言った言葉は錦えもんの耳には届かなかった。サンジの足元にいたのはサラだったからだ。足を抱えて座っており、錦えもんに小さく笑っている。髪は白い肌にへばりつき、唇はやや紫がかっていた。錦えもんは咄嗟に駆け出した。何故だかまだ不安が拭いきれない。あんな光景を目の当たりにしたのだ。ただ見ているだけでは物足りなかった。サラの元へ駆け寄り、勢いよく芝生に膝をつくと自分の肩にかけられてあった分厚いタオルをサラの肩へとかけた。そして顎を掴み、サラの顔を左右に動かした。錦えもんは瞳を覗き込んでいた。何故彼はわたしの目を熱心に見ているのだろう。錦えもんは必死に、今度は上下に動かし始め、サンジに蹴りを入れられたのだった。
「なんで錦えもんさんも飛び込んだんですか。同じ能力者なのに」
暖炉の前でチョッパーが持って来てくれた温かいココアを飲みながらサラは隣にいる錦えもんに言った。可笑しかった。能力者とわかっているのに溺れに来るし、ゾロに助けられてるし、頭にたんこぶは作ってるし、わたしの顔を何度も覗き込むし。可笑しかった。何をするにしても真剣で、自分のやっていることに少しも疑問を感じないその性格。可笑しすぎる。サラはカップから伝わってくる温度とはまた別のものを心の奥に感じた。この人はいつだって自分を心地よくさせてくれる。
「気がついたら飛び込んでいたのでござる。すっかり拙者が能力者だということを忘れてな」
たんこぶを二つも作って呑気に笑っている男。その漆黒の瞳を存分に開き、わたしを映してくれた人。大きく開いた口でわたしの名前を呼んでくれた人。咄嗟にわたしの手を掴もうとしてくれた人。そして海の中まで助けに来てくれた人。それで死にかけた人。サラは心の中で変なの、変な人と呟いた。
「無事で何より」
錦えもんは白い歯を見せた。すると緑の瞳がすっと細められ、サラも笑った。

Florence and the Machine - Never Let Me Go