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Corners of my mind



コルヴォがこの愛おしい、愛する顔を見た瞬間に、何か新しい生命力が彼を捕らえ、彼の意志に関わりなく話をさせ、行動させた。彼の顔はサラが部屋に入って来た時に不意に変わってしまった。彩色され彫刻を施された角灯の側面に、今までは粗野で、暗くて、無意味に見えていたものが、中に明かりが灯されると複雑精巧な芸術的細工となって現れるように、彼の顔が変わった。彼がこれまで生きる支えにしてきた清純な、精神的な内面の営みが全て初めて外に現れ出たのである。彼の内面的な、自分に満足しない営み、彼の苦悩、善への希求、従順さ、愛、自己犠牲、そういうもの全てが、その鋭い目、言うに言われぬ微笑、彼の端正な目鼻立ちの一つ一つに輝いていた。
「ふと昔の事を思い出す時がある」
サラは誰も聞いた事のない土地の出身であった。国の最端にある小さな地区で、今も尚、電気が通っていないという。若くしてダンウォールへと流れ、剣術の腕前を買われて衛兵隊に入隊をした。初めの頃からコルヴォは彼女の名前を聞いてはいたが、彼女の顔を見た事はなかった。しかし彼が一時的に囚われていたコールドリッジ刑務所にて、彼女は彼に強烈な印象を与えた。独房へ手紙を寄越した王政支持派とは違い、余所者の一衛兵が直接会いに来たのである。鉄格子を隔てた手の届く場所で、サラは簡潔に彼が必要としている情報を伝えた。彼女は王政支持派とは共に行動しておらず、始めから単独行動をしていた。そんな彼女はピストルを所持しておらず、代わりに頼りない短剣を一つ腰に差していた。だがその刃には使用した跡がなかった。その後、彼女は刑務所から忽然と姿を消すと、彼とエミリーを陰から助けたのであった。
「昔の事とは?」
「女王暗殺の濡れ衣を着せられ、死刑になった時の事だ」
あの時あのような特別な状況の中でサラに会った為に、しかも彼女の持つ静寂だが鉄の鋼宛らに強靭な善に触れた為に、コルヴォは彼女に特別の注意を向けた。エミリーが女王として即位した後、ダンウォールの頂上にて彼女が彼を訪問した時、その印象は感じが良いばかりでなく強いものだった。彼はその時、彼自身が彼女の中に発見した、並外れた精神的な美に打たれた。しかし彼女はこの国を去ってしまおうとしていた。今夜限りで彼女に会う機会を失うのだという事が彼の頭に浮かび、例の任務を依頼した。
「君に助けられたな」
外道に堕ちそうになった時、コルヴォはふとサラの姿を思い出した。凡人は当然の事ように殺傷を思い付くが、非凡人は別次元から物事を、凡人さえも見下ろしている。我々は賢くなければならないのだ。力を持つ人間は、一時の感情に任せその力を行使すべきではない。先日、サラと再会した事が彼の予測していた以上に深く、また彼が心の平安の為に望んでいた以上に深く心に食い入った。あの青白く痩せた寂しそうな顔、あの灰色の眼差し、あの静かで優美な身のこなし、そして何より、彼女の顔全体に現れているあの深い楚々した悲しみが彼の心を騒がせ、その同情を呼び求めた。
「あの時の事は今でも不思議に思う」
コルヴォは男性の中に高い精神生活の現れを見る事が苦手で堪らなかった。そしてそれらを半ば馬鹿にして哲学や空想癖などと言っていた。しかしサラの場合、コルヴォは他でもない、己には無縁な精神世界の深みを残りなく示しているその悲しみの中に、逆らい難い魅力を感じたのだった。
「あなたは今の地位に相応しい──その剣には一滴の血もない」
コルヴォはもし自分が自由だったらどうするかを思い描こうとした。どのような行動を示し、どのような言葉をサラにかけたら、彼女は己のものになるだろうか?己のものにはならなくとも、傍にいてくれるだろうか?しかし彼はそれを思い浮かべる事が出来なかった。彼は空恐ろしくなり、はっきりとしたイメージは何一つ浮かんで来なかった。
「あなた以外に適任はいません」
他の女とならコルヴォはもう随分と前に未来の情景を作り上げていたが、それは全て頭で拵えたものである上に彼は彼女等の中にあるものを何もかも知っていたからこそ単純明快だった。ところがサラが相手だと将来の人生を思い描く事が出来なかった。というのは彼は彼女を理解しておらず、ただ愛しているだけだったからであった。
「君が教えてくれた事だ」
怨みに報いるに怨みを以てしたならば、遂に怨みの息む事がない。怨みを捨ててこそ息む。コルヴォは自分の前にいる存在が今まで会った全ての者とは全く別の、それより優れた者であり、しかも何より自分自身より優れた者なのだと感じた。