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The thorn



コルヴォには皆目分からなかった。一体いつ頃からサラを愛しているのか。しかし彼がその魂を裂く程に愛しているのは彼女だけであった。彼女なしでは生きていく事など考える事が出来ない程度にも。しかし今、彼女に己の胸の内を言う決心はつかないでいた。だがもしかすると彼女が己のものになるかも知れないのに、その機会を逃してしまうかも知れない。その機会は……否、無上に恐ろしい事だ。コルヴォはこの数日はより生気が削がれていた。しかし時折サラの柔らかな宝石宛らの明眸を見ると、彼は己が消えてしまい、もう己も彼女もなく、ただ幸福感だけがあるのを感じた。──本当に?彼女が己のものとなる可能性があるというのか?否、そんな事は有り得ない。彼は彼女の眼差し、身振り、言葉が、己の心を喜びで満たす度に心に言った。

アレクサンドリア・ハイペシアの背後に身を寄せると、コルヴォは素早く彼女の首筋に解毒剤を打った。その解毒剤によってクラウンキラーの人格が消え失せた後、その場に崩れるように倒れた彼女に近付いた。そして断片的な記憶喪失により困惑している彼女にドレッドフル・ウェールの事を話した。付近に数日滞在しているから、助けが必要であれば己を訪ねて欲しいと。聡明な錬金術師には是非して貰いたい事が沢山ある。コルヴォはハイペシアの療養所を出ると、ブラッドフライを避けてエレベーターの前へと移動した。そして気配を消す事を遂にしなくなった人物に声を掛けた。
「後をつけていたのか」
コルヴォは何故か未だに持っていた空の注射器を地面へと放った。するとサラが彼の死角からその姿を現した。彼女の足音よりも注射器が割れる音の方が大きく、より鮮明に聞こえた。
「ええ」
「ボートにいろと言った筈だが」
「私が、何でも言う事を聞く人間だと?」
「君は、そういう人間だったな」
コルヴォがエレベーターのボタンを押すと直ぐにそれは到着し、扉を開いた。しかし彼はそのエレベーターに乗ろうとはしなかった。その頭の中に、唐突に思い付いた事を彼はサラに提案した。
「何方が先にボートまで辿り着けるか競争しよう」
ボートまではそれ程に距離はなかったが、この下にある全ての階には敵が配置されており、その傍には監視塔もある。発見される事が最も厄介な事である我々にとっては些か困難な状況である。サラの持つ技術をこの目で見る事が出来たらとコルヴォは思った。
「私が勝つに決まってます」
「その言葉、後悔させてやる」
コルヴォは仮面の下でサラに白い歯を見せ、腰に差している剣──音を出す以外に役目がないそれ──にそっと手を添えた。彼には今、彼女以外のもの全てが無意味で可哀想な存在に思えた。やがて二人は音もなくその場から去った。