×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

Embers to ash



デリラ・カッパースプーンによって石へと変えられた娘の姿を、コルヴォは改めて脳裏に浮かべた。徐々に意識が明瞭になって来ると、彼は閉ざされた部屋の窓から脱出をした。そして廊下へと出ると、先程モーティマー・ラムゼイに刺されたアレクシア・メイヒューが壁に寄り掛かっているのが見えた。瀕死の状態であるのは誰の目にも明らかであった。コルヴォは足音を立てずに彼女へと駆け寄った。
「今朝、波止場にいた船長があなた様を……探していました」
メイヒューの虚ろな双眸がコルヴォを捉えた。彼女の腹からは大量に出血しており、それが廊下に広がっていた。彼が屈むと、その血溜まりは細波を立てた。死を間近にして彼女は震えた手でコルヴォの剣を彼に手渡した。刃の部分には未だ彼女の血が付着していた。
「バラデュールもその船に……」
コルヴォがその名前に僅かに目を見開くと、メイヒューは最後の息を吐いた。我々に良く尽くしてくれた人間には相応しくない最期である。埋葬もしてやれない事をどうか許して欲しい。
「すまない──さらばだ、メイヒュー隊長」
コルヴォは兵士や使用人の死体が転がっている中を静かに進んだ。そしてラムゼイの背後に身をつけた。彼が指輪を使用し秘密の部屋を開けた時、コルヴォは彼を気絶させた。そして彼から王家の紋章──指輪を取り戻し、長らく無縁であった鉄の仮面を着けた。

海面から顔を出したコルヴォが最初に見たのは、船の上から此方に手を差し伸ばしているサラであった。太陽の鋭い日差しで彼女の表情は見えなかったが、彼女の姿が彼の感じていた戦慄を静かに劈いた。
「良かった。無事だったか」
コルヴォは右手を伸ばした。互いに仮面を着けていた為に眼を見る事はなかったが、彼はその仮面の下でサラに向かって微笑した。彼の手を掴んだ彼女の手はしなやかに、だが力強い衝撃でもって水を含んだ彼を甲板へと引き上げた。彼は甲板に手と膝を突くと水が入った仮面を脱いだ。前髪から滴れる水と眩しい日の光が視界に入り込み、彼はすうと目を細めた。
「君には謝らねばならない。私が君の警告を無視した事について」
立ち上がったコルヴォは久方振りにその身に疲労を感じた。それは肉体が感じる心地良い疲労ではなく、絶望が齎す精神の異常であった。己は何度、この狂気を相手に生きねばならないのか。
「気になさらないで下さい、コルヴォ卿。皆で計画を立てましょう」
その切なげな声はこの世ならぬ天から聞こえて来るかのようであった。コルヴォはサラを見た。不思議な事に、彼女は一瞬にして彼の戦慄を劈いただけでなく、彼の胸の内にあるもの全てを理解していた。その事が彼には分かった。彼女が最後まで、己がデリラの治政を終わらせるその時まで、共にいてくれるであろう事も彼には分かった。