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Kill your heroes



大樹の幹が軋み、低い草木が萎れていくのをその身で感じる。小雪は更に土遁の印を組んだ。今まで一度も発動した事のない血継限界を、今正に彼女は発動させようとしていた。古い書物でしか読んだ事がなかったが、実践するには丁度良い機会である──地面に倒れたガイを庇うようにして立っていた小雪は自分の脚に力を込めた。確かに彼は強いが、未だ詰めが甘い。そしてそんな彼が此処で死ぬ事はない。自分達とは違う額当てをしている忍の前へ出る事は小雪には気詰まりでなかった。何故なら彼女は人から奪われるようなものを、何一つ持っていなかったからである。小雪は自身の中に流れるチャクラの暴走を感じ取った。足と手の指先が燃えるように熱くなり、両眼にはその高熱が齎す薄い水の膜が張った。ああ、これは想像以上の禁術だ。敵は殺せるが、恐らく私も彼のように動けなくなる。背後で控えている医療忍者には迷惑をかけるが、仕方ない。小雪は息を吐きながら片手を地面に付けた。
もし彼女が来合わせなかったら、自分は敵国の忍の為に破滅に落ちてしまったに違いない。しかも彼女が自分を救う為に、一見して明らかな恐ろしい危険に身を投じたのは彼にとって疑う余地のない事実であった。米神から流れて出ている血が片目に入ったが、構わず目を見開いていた。捉える事の出来ていた小雪の姿は一瞬にして辺りに舞った砂埃で隠れた。雷鳴宛らの轟音が鳴ったと思うと、途端、その砂埃が真っ黒い塵へと変わった。その大量の塵は暫く空気を漂うと、さっと唐突に地面へと落ちた。先程まで其処にあった瑞々しい緑の風景は、爆弾でも落ちたような、漆黒の砂漠へと変わっていた。ガイは息を呑んだ。その中に彼女が見えた。うつ伏せになって倒れており、ガイは身体が震えるのを感じた。小雪が生きているのか分からなかった。

蒸し暑く暗い晩だった。六時近くなると、八方から凄まじい黒雲が押し寄せて来て、雷鳴が轟き、滝のような雨が降り出した。雨は粒になって落ちて来るのではなく、何本もの流れになって地面を叩いた。稲妻がひっきりなしに光り、空が明らむ度に五つまで数えられる程だった。怪我が治ったガイは殆ど小雪の傍にいた。広い病室の中で書物を読んだり、腹筋や腕立て伏せをしたり、時々彼女に話し掛けたりした。益々彼は自分の全存在の中に彼女がいるのを感じた。小雪の顔には肉体という重荷を負った魂の、秘められた、崇高な苦悩の厳しい表情が滲み出ていた。ガイは彼女を見詰めた。俺はどうなるだろう、もしこいつが死んだら。こいつがこんな顔をすると、そんな気になるんだ。
小雪は二日目にして眼を覚ました。自分が生きている事が嘸かし不思議であるという顔で彼女はガイに瞳を転じた。その事が彼を無上に不安にさせた。彼女は死を全く恐れていない。必要とあらばその命を投げ出す覚悟を彼女は既にしている。ガイは小雪の眼を見て言った。
「血継限界はもう使うな」
小雪の身体の損傷は激しかった。右腕のみならず、右側の鎖骨や肋骨も折れ重傷であった。ガイは痛々しいまでの眼差しを彼女に注いだ。それは恋人らしい、有り触れた、気掛かりげなものであった。
「説教?」
しかし小雪は眉を寄せガイを見上げ、厳かな声で言った。普段より益々青白くなっている彼女の顔は一人の忍の顔であった。元はと言えば自分の弱さが招いた結果である事をガイは思い出し、言葉を続ける事が出来なかった。
「いや、違う。俺はその……、」
寒気が背筋を走り、身体中で何かが素早く一定のリズムで震えていた。小雪はガイを眺め、今更自分にとって彼が何者であるかを切に感じた。身体を劈くような激痛がその身に走っていたが、彼女は彼に隠すように耐えた。
「……任務は?」
口を噤んだガイに小雪は静かに尋ねた。生きた人間は一人一人違った特質を持っているが、忍にそのような特質は必要ではない。彼女にとっては当然の事が、彼にとっては違っていた。
「任務は今は受けていない。お前が治るまで傍にいる」
何故私が助けたか、彼は分かっていない。小雪はじっと自分の足元を見た。彼が見舞いに来ても、治る速度が早くなる訳ではない。彼が此処で過ごす時間をそのまま鍛錬に当てるべきである。そうすれば彼は益々強くなり里の戦力になる。そして更に彼は再びあのような窮地に陥っても脱する事が出来る。なのに彼は何故、此処にいるんだ?もしかして私が言葉にしないと彼は動けないのだろうか?傷を負った恋人の傍にいないと駄目という、変な倫理感が彼を捕らえているに違いないのだ。
「ガイ、一人にして欲しい」
重荷にはなりたくない。そして自分の存在が彼を駄目にしてはならない。折角の才能が自分の為に萎れる事があってはならない。小雪は抑揚なくそう言った。まるで任務の中でパートナーと会話する時のように。途端、彼の顔は俄かに真面目な、気掛かりげな表情になった。つと悲しみの影が差したようにも見え、それが小雪を驚かせた。彼女は今まで彼のそんな顔を見た事はなかったし、想像した事もなかった。「分かった」とガイは彼女に微笑した。
「何かして欲しい事や買ってきて欲しい物があったら、遠慮なく言うんだぞ」
ガイはにっこりと笑っていたが、却ってその微笑は苦痛を表していた。そして恐怖と戦慄と愛の為に力萎えた、今にも破れそうな彼の心臓の鼓動をも小雪は感じ取った。ガイが出て行って一人になった時、小雪は突然眼に涙が浮かんでくるのを感じた。すると、私は彼を愛しているのだろうか?という奇妙な疑問が彼女の脳裏に浮かんできた。しかもそれはこの時が初めてではなかったのである。明日も来るであろうガイが病室に入って来られないようにする為の方法を、小雪は頭の中で模索した。