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Even touch it hurts



ガイと小雪は恋人同士になった訳であるが、その事が小雪の何かしらを変える事はなかった。彼女は未だガイの視線をまともに捉える事をせず、思った事を口にせず、一定の距離を保っていた。恋人とは彼女の場合、彼女の隣にいる事を許される存在であって特別ではあるが、一方で他の人と何も変わらないようにも見える。以前と同様、小雪はぼんやりとしていて、目の前の事ではなく、何か自分自身の特別な事に気を取られているように見えた。目の前の事や何かを失敗した時、彼女は辛そうに顔に皺を寄せ、自分から遠く離れているものを見て取ろうとしながら、それが出来ないような様子をしていた。彼女は良い人間だが、不幸な人間であった。
ガイは小雪と同様に、自分の恋人に対して様々な要求をしない質であったが、彼女は彼以上に無頓着であった。だがそんな彼女と共にいると、彼は不思議にも一人の平凡な男でいる事が出来た。彼女は他の人がどんな性格の持ち主で、どんな癖を持っているかについて全く関心がなかった。従ってガイは彼女に気に入られたいと思うものの、自然な状態でいる事が出来た。小雪は全ての事を自分自身で決める。告白した際に承諾してくれたのもそんな彼女である。しかし彼女の気難しい選択に自分の何が適ったのか、ガイには分からなかった。最近になってただこの懐疑だけが彼の心に浮かんだ。付き合う以前、彼は目の前に迫っている幸福が全く有り得ないものに思えた為、それが成就してしまえばもうその先は何も有り得ないのではないかと思っていた。しかし自分には有り得ないと思っていた喜ばしい、思い掛けない狂乱状態が遂に彼を捉えた。人生の全ての意味が自分一人でなく、全世界にとって、自分の愛と、彼女が自分を愛せるかどうかという事だけに尽きているように彼には思えたのである。時には全ての人がただ一つの事──自分の未来の幸福だけに心を奪われているようにガイには思えた。彼等がみんな自分自身と同じように喜んでいて、ただ他の興味に捉われているような振りをしてその喜びを隠そうと努めているように、ガイには思える事があった。言葉や動作の一つ一つに、彼は自分の幸福を暗示するものを見た。彼は意味深長な、暗黙の合意を示す、幸せそうな目と微笑で、会う人を驚かす事が度々だった。しかし人が自分の幸福を知らずにいる事もあるのだと悟ると、彼は心からその人達が可哀想になり、彼等のしている事は全て、全く下らない、取るに足らない、目をくれる値打ちもないものだという事を、何とかして彼等に説明してやりたいと思うのだった。時々人間は歩きながら眠る事がある。正にガイも、親友や同僚と話をしていながら実はうとうとして、彼女の夢を見ていた。何とも言えない甘い夢想の虜になってしまっていたのであった。

我々の幸せは引網の中の水のようなものだ。引けば膨らむが、上げてみると何もない。小雪は家の窓から里を眺め、人々の顔と姿を見ていた。そしてその顔や姿が皆、彼女には同じように無意味に思えた。その事が恐ろしく思えて、思わず小雪は彼の事を思い浮かべるのであった。唯一、彼に対してだけは、全く無意味な事のようには思えなかった。自分の幸せがどうとかというよりも、彼の幸せの方が更に重要で意味があるように思えたのである。ガイが持つ狂気宛らの性質というのは、人を愛するのに長所と呼ばれる個人的な理由を待とうとせずに、愛が彼の心を常に満たしていたし、彼が理由もなく人を愛していた為、人を愛するに値する紛れもない理由を無意識の内に見つけ出している点にある。小雪には彼が全く別の人種に思えた。そしてそんな彼が自分のものであるという事実に、一種の恐怖を抱いたのであった。